十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 封書)〕
八月三十日。
昨日丸っこい小さい小包が着きました。開けてみたらばお話の手拭とタオルで、お見舞有難く戴きました。手拭は見なれた物ですが、タオルはいかにもあちらで出来たらしい気持の良い藍色と、それより細い朱の縞が縁に付いていて珍しい可愛らしいものです。一枚位そちらでも使ってごらんになりましたか? 体をふくのに上々ですが、私とすれば何だかそれも惜しくて、机の処にかけて一寸使えそうな気がします。
メリメは全部を読んだことがないので、むしろ駄作を知らないわけですが、トルストイの全集なんかでも遺稿の内には、未完成の小説で、一つのテーマを、ああ書き、こう書きしてみて、結局物にならず終っているようなものがあります。けれどもこの人の場合は、百姓女をだました地主の貴族が、妻に対する良心と、自分の行動に対する責任感との間に苦しんで、一つの習作では自殺をさせ、他の一つでは結末がつかないまま、中絶していると云うような作者の精神の足どりが窺《うかが》えるようなものです。メリメはああ云う作家だったから、そう云う形で未完成さが現れずに、ただのお話にな
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