う。太郎はそれまで待たなければならないかも知れません。中西さんと云う看護婦さんが居ます。一日の行事は、朝晩体を拭くことや、間でちょいちょい薬を飲むことや、チクリと痛い想いをすることや、スエコに命の親的クダを巻かれること、及び風向きの良い時は、こうやって親切にペン代りになって貰うこと等です。スエコは本を読むのが上手くて、この間うち「シンプル」を読んでもらって居ますが、スエコが読むのと、別の人がよむのとでは、まるきり物が違ったようで、今度初めて、読方の技術の大切さを痛感しています。あなたは、読むことがお上手かしら? 上手な人は、自分を読んでいる文章の内へ決してまぎれ込ませないで、よんでいる物を独立してくっきりと浮き立たせます。(このウキタタセます、と云うようなのは、云うのにだいぶ口元が骨が折れます。何しろスエコに「この狸」と云ったら「タルキ」にきこえたそうで以来、「何だタルキのくせに」と云う流行《はや》り言葉が出来ている次第です。私がいくらかすらりとして、床の上に坐って、ロレツの怪しいタンカを切って、チラチラして物も見えない二つの目を、いやに大きく見える眼鏡の内から光らかしている姿を御想像
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