座いました。輝チャンの洋服姿は中々傑作です。如何にもハーティな笑顔で、若しこういう笑顔を青年になっても持っていたら大したものです。目に特徴があって、これはお母さんのお目と似ていて、叔父さん達の目とも似ています。大変愉快で有難う。隆治さんも大人らしい面持になりましたね。あごなども大きくなって。まだどの顔もおぼろおぼろでそれが心残りです。然もおぼろおぼろという時はおろろおろろに近くなるに於てをや。今日四時過ぎに開成山から親子四人が帰ります。一昨日やっと看護婦さんがきて、二人の篤志看護婦はいささか息をつきます。然し忽ち秘書に代らなければならないから楽隊屋でない方は中々放免されません。
(二)[#「(二)」は縦中横]メリメ全集は古いのを集めたそうで一巻が欠本です。六巻まであるそうで、お言葉通り三、四、五とお送りしてみます。六巻はまた続けて送ります。『娘インディラへの手紙』[自注2]は大変面白く読んだものの一つでした。あの本の書かれた状況についてもさまざまの感想を持ちました。「スクタレーフスキイ」という小説はどうも本物でありませんね。「黄金の仔牛」という諷刺小説がゴーゴリの風下にたってちっ共新しくなかったように、この小説の心理主義も至って古めかしく感じられるのは不思議です。これらの事も中々興味のある問題ですが、もっと口がまわるようになってから。たった一つの自慢は一人で起き返るようになってテーブルにひじをついてウナル事が出来るようになりました。
[#ここから2字下げ]
[自注2]『娘インディラへの手紙』――ネール『娘インディーラへの手紙』インドをふくむ東南アジア史。
[#ここで字下げ終わり]
八月二十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 青山熊治筆「ばら」の絵はがき)〕
二十日、今朝の空の色と風の肌ざわりは何と秋でしょう。目が覚めるとああ秋だと強く感じられました。そちらにもこんな風が入るでしょうか。二十日過ぎてこんなに秋になるとは目新しい感じです。病気して秋になった事が始めてだものだから、何年か前にあなたが苦しい夏を過してやっぱり今朝の様に秋を新鮮にそして亦爽やかな哀感をもってお感じになった日があったろうと云う事もしみじみと思いやりました。病気をするとおもいやりの細かくなるところもあって、つまりはあなたも損はなさいませんね。私のペンは口をきくものですから、曰く、おもいやりながら悪口を言っている。
紺絣をお送りしましょう。
八月二十一日 (消印八月二十七日)〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 ミレー筆「羊飼」(一)[#「(一)」は縦中横]と山本鼎筆「秋と白馬山」(二)[#「(二)」は縦中横]の絵はがき)〕
十九日付のお手紙二十一日朝戴きました。ありがとう。国男さんが持って来て、私に手渡してから読んでくれました。スエ子がおききして来た半ズボンのことは、気にかけていて、今日、明日のうちに一応見当をつけたいと思って居ります。どうもお待遠サマ。この頃は前のような布地がないから、ああ云うさっぱりしたちぢみは出来ますまい。自分の手足が利かないからこんな事も気の方ばかりシャツ屋の廻りをうろつく次第です。送って下すった本は今に着くでしょう。ね椅子は私も図を見た事がありましたが、今プランしているのはもっと私の生活に即した便利さが有るもので、何とかして物にしたいと思います。この頃は事務用の廻転椅子の軸が折れて、落ちる人がよく有るそうで、私が椅子ごと平ったくならないように心配しているので、実現がノビノビになります。
(スエ子さんが、手紙を上げたいそうですが、余り筆マメでないので、この「ペン代用」をもって、いささか良心を慰めるのだそうです。)(一)[#「(一)」は縦中横]
葉書に細い字をつめる技術に就て御同情下すって、書き手は光栄だと思いますが、これにも速戦即決的事情が有って、絵ハガキだとそれを突きつけて悲鳴を一寸上げて書かせることが、割合やりやすいからです。まして、只今この二枚目を書き始める時、スエコ口走って曰「細く書くのが道楽になっちゃった」と。ですから当分この細字のお習字は続くでしょう。二階の部屋は今日迄空家で私は下の太郎達のねていた処にいます。運んで来てねかすに都合の良かったことと、一番涼しい事で、ここにねています。従って、ベッドはどうなっていることやら。昨日、立上って、三・四歩位歩いてみましたが、目は役に立たないけれど、目まいはしないで、今日はこのハガキを終ったら、敷蒲団を取代えて、ついでに又少し膝のバネの訓練を致します。毎日お医者さんが見えて、注射をしています。一度一寸止めたら暑かった日とかちあって、胸が苦しかったので、又ずっと続けています。太郎は今日から学校。この頃は、自転車で相当に乗り回して居ります。アアチ
前へ
次へ
全35ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング