かたが、この作品では、一方を人間的高度の知的な物として、他の一つを意識下の血の力として見ているような点が、何か私達の生活の現実が、到達している生活の実際よりも、歴史的に一段階前のもののように思われます。そして、この事は書かれた時代が二十年程前だと云うばかりでなく、男の作家が女主人公を誠実な意図から向上的な精神の面で描き出そうとした場合、その善意によってむしろ、やや観念化された結果だとも思えます。これも面白いところで、矢張り強い思索力と云うものは何か所謂「理性」だけが分担するように思われて、それは即「男」と云う名によって現わされた人間の高い精神の働き、と云う風に映り、女の本能的なものがそれに対置されるのでしょう。この小説は大変に面白いので、なかなか声を出して読んでもらうのでは物足りなく、読手はよみたがり、目下協定なり立ちません。きりがないから、宛名の余白のあるうちに、これでおしまい。
[#手書きで大きく]顯治様 百合子
(手さぐりの字はいかがですか?)
八月二十七日 (消印)〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 ドガ筆「踊子」の絵はがき)〕
今日は、涼しいこの頃にしては暑い日でしたがいかがでしたか、御注文の半ズボン、今日手に入れて、お送り致します。大きさはたっぷりしていると思いますが出来上り品ですから、長さは普通です。この生地一色しか有りませんが洗ってクタクタにならなければ幸せです。やがて、一ヵ月になろうとしていて、今夜は、月影が珍らしいので助けてもらって、久し振りで、夜の庭を暫く眺め、よい心持でした。ひるまはキラキラして、簾ごしにも庭は見られないので。目は字が見られる迄には、よほどの時がかかる様子ですし、大体四十二度以上の熱を患った者は大抵そのままになるのが多い例なので、そう云う病気の本でも神経障碍の実例は余り記述されていないそうですから、いよいよもって、運の強かったことを有難いと思わなければならないわけでしょう。もう少し、体全体が恢復したら、目の方の検査もして、恐らく、乱視の度が進んだでしょうから、それをはっきりさせます。目の宿題は、生理的、及び精神的宿題です。庭には畠が出来ていて、お芋(これはやや可)大根(これは全く未知数)赤蕪(肥って良)などが出来ています。鳩のヒナは三羽居ます。夜のしらしら明けから鳴きます。
八月二十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛
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