駒込林町より(代筆 封書)〕

 八月二十七日
 この三、四日なかなかきびしい残暑なのでいかがかと思って居りました。暫くお手紙がなかったから。十九日の日付のを出してみて眺めていたら、二十四日付のを持って来てくれました。夜明けは涼しくなったとお気付きになるのは、余り夜良くお眠りにならないからでしょうか。どうぞくれぐれもお大切に。
 今年は私にとって、夏が年一杯つづいているような印象です。実に長い。秋らしい様子になって来て、ゆうべ等は月の光が射しているのに、雨が降る音がしたりして虫の音もしますが、庭をひるまカンカン照りつける日光には辟易です。簾を下げてマクマクしています。目は極めてのろのろと幾分ずつ恢復していて、お手紙の字なども、固い苦しい線の入り乱れたものから、昨日今日は字らしい柔かみを持った物となってうつるようになりました。用心して無理に読まないようにしています。字画はまだボヤボヤです。面白いことに、自分の手の先の爪がなかなか見にくくて鏡をやっとこの頃苦しくなく見られるようになりました。
 ビタミンのことありがとう。目下私の療法はビタミンの補給と肝臓の機能の補助で、終始一貫していて、ビタミンもBを注射してA・Dを飲んでいます。目の為にもBは大変に有効だそうです。咲枝さんが身重なので、お乳が出るために矢張り同じ注射をして居ります。こちらはすぐ効力発生ですが、スエコさんが疲れて矢張り同じものを注射し始めましたが、こちらは何しろ持病の糖尿でさんざん苦労を重ねて薬に対してもいささか懐疑的なので自分からすぐに効力は認めませんが、はたから見ればいくらかききめが見えています。今も太郎が学校から帰って来て食堂でウェーウェーとやっていて、小チャイ叔母ちゃんは「お土蔵《くら》へ入れて来るから一寸待って」と云いましたが、やがて「面倒くさい」と云って中止しました。どう云うビタミンがこう云う腰抜け小僧にきくでしょうか。
 日本評論社の本は承知致しました。本当にこれからはますます主婦が知って置かなければならない知識ですから必ず島田へも送ります。先達て島田からお見舞の手紙とお金とを戴きました。それでも家で養生していられるので、お母さんもいくらか御安心下さっています。
 ビタスのことはすぐ取はからいます。
 メリメ全集は葉書にも書いたように、第一巻が欠本ですが、第二巻は、ではお送りしましょう。バ
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