えった本の中から「ドガ」を見て、実にいろいろ感服し、あなたにおみせしたいと思いました。寿江子が気づいたことですが、ドガは、日本ですぐ踊り子を描いたドガと云われるけれど、たとえば、競馬について、洗濯女について、帽子つくりについて、そして踊り子について、決して、一枚そっちかいて次にこちら描いて又あっちかくという風でなくて、必ず一つのまとまりをもって実に追求しているのね、競馬なら競馬を。そして、ドガの絵にある不思議な動いている感じは又おどろくべきものです。モネ、マネという人たちの、客間的要素がドガを見てはっきりわかりました。ルーブルではドガを「オリンピア」のある絵[#「絵」に「ママ」の注記]にかけておくべきです。そうすると、すこし真面目に芸術を感じるひとは、そこにある明日へのび得る芸術の本質を、どっちに在るかおのずから考えるでしょう。本当にためになるのに。小説をかくものはドガが分らなければうそですね。武者がルオーをすきとかいています。武者らしいことです、あくまで自分の語りたいことを語る、に自足している点で、ルオーと武者は似ているのよ、その主観性で。その点では似ているけれどルオーの中にあるその
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