非常に豊富でつよいメンタルな力がいるのだと思います。小説そのものが質を変化させて来ていることで、一致の可能は増大していることは現に自分について云えるのでしょうけれどね。私の評論に何かの価値の独特さがあるとすれば、それは小説をかく人間が書く生活性であるということ、そしてその生活性の質によって結果されるアクティヴィティであるということだと思いますが、そう批評する人は少いわ。そこにもやはり文学における小説と評論についての考えの旧い型があるわけです。では明後日、ね、かぜをお大切に。
二月八日 (消印)〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
二月六日 第九信
五日づけのお手紙をありがとう。それにつけても気になるのは行方不明の三十日づけです。本当にどこにどうなったのでしょう。
今夕方の六時半。外からかえって来たばかり。『朝日』に生活科学の座談会(対談会)があって、私は職業と性能のことをききました。午後じゅうかかって。五時すぎのラッシュにもまれてかえって来て、これから夕飯です、その仕度の出来る迄これを書こうと思って。つまりタダイマーッとかえって来て先ず、ひどいこみようねえからはじまる
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