かもつでしょう。
 ヘミングウェイの下巻、古で見つけました。上巻よりも何というかしらテーマの集注した部分です。二十世紀の初めから、たとえばトルストイに「ハジ・ムラート」があるでしょう、そのほかどっさりコーカサスをかいたものがあります。それからファデェーエフの「ウデゲからの最後のもの」、それからこの作品の中のソルド。ここでは又農民というものも歴史の水平線の上にあらわれて来て「チャパーエフ」、「壊滅」そのほか。こういう文学の筋を辿ると面白いことねえ。アメリカの文学の中でだってやはり随分面白いのです。一九二九年以後のアメリカの文学は、真面目に対手にされなければならないものであると痛感いたします。
 榊山潤というような作家は果して正気でしょうか、アメリカ映画その他外国映画の輸入が全くなくなることについての意見として、ドイツやフランスの映画がなくなるのはおしいがアメリカの下らない映画がなくなるのは何より結構だ、と。しかしパストゥールを映画化したのはどこでしょう。昨今大評判のエールリッヒを制作したのはワーナーですが、ワーナーとはどこの会社でしょう。エールリッヒになって科学者の精神と人間的威厳で私た
前へ 次へ
全471ページ中354ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング