おくりものを見つけたい思いは切です。でも、いい思いつきがなくて。
そう云えば、本つきましたろうか。高山のも。高山の表紙もわるくないわ、落付いていて。しかし『第四日曜』と『進路』と並べてみると、さっぱりしすぎのようなところもなくはないでしょう? 検印の判のことちっともおっしゃらないことね。私は一つ一つあれを捺してゆくときそこに声をきくような気持でいるのですけれど。いいでしょう? あれをこしらえたばかりのとき一昨年だったか、手紙の中におしてお目にかけたの、覚えていらっしゃるかしら。この頃は朱肉のいいのがなくなりました。朱もよそから来ていた由。日本画家はキューキューの由です。金箔はもう夙《とう》に日本画の世界から消えて居ります。
ケーテの伝が昭和二年の『中央美術』に出ていていろいろ面白いと思います。一八六七[#「一八六七」は底本では「一八七六」]年にケエニヒスベルグで生れているのね。祖父さんというひとはドイツの最初の自由宗教的牧師で、お父さんというのは判事試補試験にパスしているのに、そういう立場のためにそれをやめて石屋の親方で暮したのですって。一八八五年というから十九歳位のときベルリンで
前へ
次へ
全471ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング