いよ」健造もこういう表現をします。もう六年生よ、来年は中学よ。向いの下宿に父さんが二つ部屋をもっていて、その一つの方をこの頃は健ちゃんの勉強部屋になっていて、父さんは大いに督戦係よ。面白いことね。ター坊は踊を一心にやっているし。
 丁度中学の二三年というときに父母が急死して一家離散して育ったという人が、自分の家や妻や子に対してもつ感情というものをこの頃すこし理解します。おれのうち、おれの何々、大変つよいのね。いろいろ面白いわ。似たもの夫婦ということの微妙さもいろいろと感じます。
 似たもの夫婦という表現は、粗笨《そほん》ですね、よく観察するとそれはもっと複雑で、只同じ種類という形で似ているという単純なものではないことね。一方の或る特色を他の一方もそれと同じにもっているというのではなくて、一方のもちものを気持よく思ったりそれを肯定したり、或る場合にはそれに負かされる要素が他の一方にあって、それが組合わされ、似たもの夫婦というところが出来るのね。だから案外要素として切りはなせば反対なものがあるのかもしれないわ。たとえば、どっちかというと受動的な、或はどうでもいい大まかさで、一方の金づかいの
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