の匂いは気にくわんとこっちを向くのです。実に強情ねえ。笑い出してしまいます。そして、その強情さは何と自然で可愛くもあるでしょう。皮膚がものをいうのでね。
 まだこの手紙にははっきりかけませんけれど、私にはたたいてもこっち向くその薄桃色の鼻面が改めて自分にいとしく思われるし、やっぱりどっちへどうするかということで先の十年は大した相異をもつことを痛感しはじめています。積極な生きてゆく態度というものの微妙な複雑さを思います。私が正しい人間であり作家であり、しかもそのままいつしか用に立たないものとなることもあり得るのですもの。いつかあなたが、(もう何年か前の夏ごろ)ちゃんとしているということと女史になるということとのちがいを云っていらしたようなものでね。ちゃんとした作家だということは生活の構えによらないのでね、構えを破るよりたかき構えというものがあるわけでしょう。ここに、まだ自分にはっきりつかめてはいないけれど、大変面白そうな何かの示唆(より芸術家に、と。)が感じられて居ります。ここをいまつかまえてはなさずいるわけです。こねくりながら。
 シーツほんとにやぶけね。

 五月六日 (消印)〔巣鴨
前へ 次へ
全471ページ中179ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング