一のヒューマニズムの納骨所としての親子の絆の肯定ぶりだの、なかなかこの芸術にあらわれる親子の面は意味深長ね。
本当に犀星のこの蝶はそのものとして一つの社会因果を示していて小説になります。娘は無邪気なのよ。至極。
太郎は学校に行くようになってから、大人らしい[#「大人らしい」に傍点]のが大好きで面白いわ。昨日も親たちこっちへ来るのに、自分は裏の家のひとが子供づれでどこかへゆく(植物園)について行って(同級生がいるものだから)僕フロなんかよりいいや、とそっちへ行ったのですって。
協力から本出るのかしら。どういう題がいいか、まだはっきりしません。パラリと楽にくんで楽な本にして貰いましょう。
それからね、この頃おもしろい心持があります、私はきっと Book レビューをあきてしまったのね。それとも、余り「婦人と文学」が資料的なものだったせいか、もう書評だの読書案内風のもの迚も手が出ません。ひとがもう一旦書いたものについて書く、ということはいっぱいなの、もう。即ち小説そのほか生活からじかに書きたいのです。
そしてね、この欲望はやっぱり林町へは背中を向けさせるのよ。私の仔豚の鼻面が、そっち
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