日と十六日のお手紙。二つ並べて、私は、さてさてどうしても封緘を見つけなければ、と思います、ハガキだと、おそらくこの四分の一よ、ねえ。それはあんまりと申すものでしょう、ねえ。
十四日のお手紙の大森のひとのこと。ここに云われている点は十分よくわかります。積極に肯定する意味での尤もというところは云わば一つもないでしょうと思います。初めの出発が継続されなくなったということに、プラスは一つもないのは明らかね。その人にしろそれを知らないのではないのです、知っているのよ。でも、人間がある場合、正当である、という判断でだけ一人の人と共に万端やっては行けないこともよくわかりますしね。木や棒のようなひとは、私たちの生活でさえ、頭脳的なもので支えられていると解釈したり、その他もろもろの筋だけで理解しようとしたりする貧弱さですからね。人間生活についてのそういう粗[#「粗」に「ママ」の注記]朴さ、一般になかなか在ります。そして、そこから様々の行きちがいをも生じるのね。余り単純にしか心のニュアンスがないと、その一つのものにいろいろの感情を統一させてゆくだけの生活実力がなくて、却って、それとこれ、それとあれ、とい
前へ
次へ
全471ページ中167ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング