午後のと二日朝のと二通到来。たしかにいい休日になりました。昨夜はたっぷりも眠ったし。余り風もないし。いい日らしいわ、きょうは。
くすりのこと、本当にそれはきいて居ります。神経の緊張をとくためには全く目に見えず偉大に作用しているようです。相当むしゃくしゃしたところもあるのだけれど、この程度でいるのは、くすりのおかげだろうと思います。
さて、一日の分。「牡丹のある家」と「樹々新緑」との間にある成長は、きわめて著しいものです。「くれない」以後、作者は数歩進みました。この頃のことは、単純に云えない進歩の段階です、というのはね、うまさが余りきわだって文章がひとりでに走って行っているような感銘で、批評に、職人的うまさについて注意が払われていることも全然はずれていないという心配があります。「素足の娘」のあたりからそういう一つの時期に入っていて、この作家が本当に文学のよい素質でそこをどう成長してゆくかということを考えさせ期待させます。今、やはりむずかしいところね。一応うまくなったというところにその時期の成長のモメントがかくされているのは、私自身のいろいろな仕事の、いろいろな段階についても同じです。
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