、ついて来ちゃいけないってあなたに云ったら、その家の外まで来て、青葉しげれるの歌をくりかえしうたっていらしたって。母さん忘れることがお出来にならないのよ。御存じないでしょう? 忘れてしまっていらっしゃるでしょう? 雪雄の表現で、私はすぐその話を思い浮べました。それはきっとあなたも五つか六つの頃のことよ。この話は私の大の気に入りです。そういう風情のふかいエピソードは私にはないらしいわ。オダマヤチャン、ケムシイネぐらいのことで。オダマヤチャンとは自分のことですって。
『文芸』で評論募集をやりました。選者中島、窪川、小林。そして佳作になった二つのものは、いかにも今日らしいもので二十二歳のとんだおそるべき児も居ります。うつって来て居りますね。カルシュームが全然不足した赤坊です。募集の真の意味がもうなくなって来ているということは皆の一致した感じのようです。よい泉がないということより、ふき出るものの質の意味でね。在るということと表現されるということとのいきさつが決して「『敗北』の文学」のような一致をもち得ないわけになっているから。
 あら、あら。きょうは又何たる豊年でしょう。考えて下すった通り一日
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