口紅水仙の花弁のなかにはもう一つまるく敏感な紅のふちどりの花びらが抱かれていて、春の初め、漸々水仙が開きはじめの頃、待ちどおしいやさしい指にふれられて、新鮮なその感触に花びらは戦慄しながら次第次第に咲きほころび、匂いたかくなってゆく描写。それから「よろこばしき」の中の空気の中に鳴るような一節、「ああこれは何かの病気だろうか」といういのち溢るる詠歎。この「よろこばしき」の格調は一度よむと、もう耳につき魂について決して忘れられない美しさね。どうしてあんなに美しいのでしょう。ほんとにどうしてその美しさはいつもまざまざと描き出されて、うすれるどころか印象の中で一きわ光彩陸離となってゆくのでしょう。そこが芸術である所以でしょうか。「泉」の描きかたにしろ。ねえ。それから「木魂《こだま》」という、あの可愛らしくて真実みちたソネット。森の中で――忘れておしまいになったんでしょう?――一人の少年が爽やかな早春、一匹の栗鼠《りす》を見つけ、おやと眼をみはります。その栗鼠は不思議と、余り遠くへ行かずやっぱり眼をパチクリさせて少年を見ています。ふっと少年はその栗鼠をつかまえようとします、栗鼠は逃げます、でも
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