れなければならないわけですから。それには、たとえば文章のテムポというようなもの、テムポが平均人の頭脳的情緒的リズムに合うように存在するということ、そんなことも又決して無視出来ず面白いと思います。説得する力というものは文章の中にあって、単に筋の明かさ、否定しがたさばかりではないのね。「杉子」その他では、この面で関心が払われているのですが、どういう結果でしょうか。小説でもわかるように云う、云いあらわすということで、或場合、決して作者の自然発生な表現のままでは不十分ですね。低くなるということとは別なわからせてゆく力、いろいろな要素からそれは出来て居ります。特にその作家が、常識の波調のままの情緒でものを云っていない場合、ね。
 この間、私が余りいそがしくて詩集くりひろげるどころでないかい、と笑っていらしたわね。或意味では反対ね。一日に仕事終ったときなんか、詩集をくりひろげその頁の間に顔を埋めたい気持でした。あなたはこの頃どの詩を御愛誦でしょう。私はよく「季節の思い出」「アンコール」「よろこばしき病のように」などをくりかえし読みます。「季節の思い出」の中の「口紅水仙」覚えていらっしゃるでしょう?
前へ 次へ
全471ページ中105ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング