く云い寿江子わかり、それで私、なるほど散歩になんか出ないわけだと合点したのよ。「御飯のあとなんか旦那さんと散歩してみたいところもちょいとある」但これは寿江子の申し条ですが。うてば響く対手がある二十四時間。ない二十四時間。私がまめに書くけれど、それはカイタモノであることを否定はし切れず、ね。いろいろねえ。五月蠅《うるさ》くもあるが寿江子もいていいわ、寿江子のためにもうちにいていいわ。では本当にもうこれでおしまい。
中公の題はやはりなかなかいいのがなくて。「近代日本の婦人作家」となりそうです。これはいい題なのだけれど。ちゃんと年表がついて、サク引がついて。そういう本らしいことはわかっているのよ。四六版。校正 112 頁まで。では。床に入っていらっしゃるの? そしてかいまきの袖から手を出して何かよんでいらっしゃるかしら。暖いこと? 顔がつめたい、つめたいでしょう? つめたい鼻、でしょう?
二月二十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(代筆 封書)〕
今日は、おかしい手紙を差上げます。言葉は、お姉さまがベッドの内から云って居て、字は私が傍のテーブルで書いていると云うわけです。お姉さまはやっぱり風邪です。
そちらの風邪はいかがですか、やっぱり、こんなに目と鼻が痛くてくしゃくしゃになって不便でしょうか、お姉さまが少し変な声を出して「熱が出たア」と云うから、おデコにさわってみると、そのオデコは私の手よりも決して熱くありません、「冷イー」と云うと、嬉しそうに笑います。つまり、熱もないし、御機嫌もよいし、味噌汁のおじやもよく食べますが、起きて仕事が出来なくて、弱っているわけです。
予定では今日全快の筈だったけれど。寿江子がいるので、便利です。(邪魔ニサレルコトダッテ度々デスヨ! スエコ)一寸待ちなさいと、云って何かゴチョゴチョ書き込んだようです。
今日は三通目の代筆で、この間うちから寿江子が手紙を上げる上げると云いながら書かないから、一つ掴えて、代筆させて、姉さん孝行ぶりと、お見舞とをかねさせます。
あんまり孝行した事がないので、どっちの字が上になるのか、まごついたようです。(姉サント云ウモノハ怪《け》シカラント思イマス。スエコ)
寿江子は、夜ねしなに入浴すると、眠りにくいので、もうソロソロお風呂に入ります。出たらばどうせクタクタで、代筆どころの騒ぎでないから、今のうちに一筆。
家の床の間はしゃれていて、小さい穴が一つ有って、そこから夜中には風、朝になれば朝日が差込みます。今夜はそこを塞がなければなりません。目じるしに今は細くさいた原稿紙のはじがメンソラでちょいと付けてあります。
三月四日 (消印)〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
三月三日 第十二信
ああ、やっと! やっと! という心持でこの手紙をはじめます。だって、この前私の書いたのは十一日ごろです、そして、風邪で臥てしまって寿江子の代筆で、それから血眼つづきで一日にやっと『新女苑』の小説27[#「27」は縦中横]枚わたして、二日には(きのう、よ)あの氷雨の中を横浜まで出かけ、かえり寿江子のことで国が用があるというからまわって、けさおきぬけに大森の奥さん来で。本当にああ、と云いながらぺたんとあなたの前に坐ったような恰好よ。(寿のことは何でもないの、あとでかきますが。いつぞやのことなどではなく、ピアノ買う買わぬのことよ)
きょうは、おだやかなお雛さん日和です。うちにも桃の赤白の花と、小さい貝の中に坐っているおひなさんを飾ってあります。私の風邪は大体ましで二十七日ごろから仕事しはじめましたが、疲れが後にのこっていて、そこへきのう四時間も独演だったのできょうは些かおとなしい状態です。もう鼻の奥の痛いのはなおりましたから大丈夫。眼も大丈夫。
あなたはいかが? 二十七日に書いて下すったお手紙、速達頂きました。すぐ森長さんへ電話いたしましたが、どうだったかしら、日曜日に行かれましたかしら。今の風邪はあとが大変長びきます。呉々もお大切に。
『フランス敗れたり』あれで大観堂は一財産をこしらえたそうです。歴史の何の真のモメントにもふれていない。ふれ得る男でない。それでも、世界がどう動いているかを知りたいという思いのピンからキリまでが、ともかくよむのね。良書として紹介したりしてあったりします。この間『帝大新聞』で今日の読者と作家とのことをかいてくれというので、私はたとえば『フランス敗れたり』を作家がどうよむかその読みかたにおいてそれぞれの作家が所謂読者として考えている人々と、どういう相異をもち得ているか、今日では読者の問題は、作家にとって、自分がどういう読者であるか、という点に省察されなければならないということを考えました。もとのように作家対読者という関係でだけ見て
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