、読者の質が下った下ったと云っていたのでは、作家自身自分も半面では何かの読者であってその面でどんな読者であるかということを考えるきっかけを見出さないわけですから。そして、文学が創られてゆく過程では、下った質の読者に追随するのがわるいとして、では何処から自立的な作品を生んでゆくかと云えば、つまりは作家がどういう質の読者であるかということにかかって来るわけでしょう。ここいらのところがなかなか微妙で文学にとって極めて本質的で、面白いわねえ。いろいろの面とのひっかかりで、文学の文学としての自然な自主性が云われているけれども、作家として問題にすれば、窮極のところ、そこが要のようなところがあるのにね。
二月はそれでもなかなか能率的であったと思います。『婦人朝日』の小説二十二枚。それに『新女苑』のが二十七枚。『帝大新』が十枚。そのほか婦人のためのもの二十枚ほど。小説を二つはがんばったでしょう?『新女苑』のは杉子という女主人公で、その題です。これは女大ぐらいの女学生の生活からの物語です。
中公の本の初校、もう殆ど終り。さち子さんが技術家ですからやって貰って、今夜あたりから私がそれを又見てすこし手を加えてわたします。索引がもうじき出来ますし年表も略《ほぼ》完成して居ります。十日ぐらいまでにすっかりまとめて表の原稿もわたしたいと思います。題のこと、つまりそうなりそうです、どうもいいのがないのですもの。変に弱い題でもこまるし、余り抽象的でもこまるし。私の心持で一番はじめの題は面白いと思うのです。いきなり幅は感じられないけれど、奥ゆきは在る題です。間口が大きくないけれど、扇形にひろがった感じの題ね。
太平洋の波もピンチながら、三角波を立てているというところでしょうね。ルーズヴェルトの一日というのがあって(雑文よ)朝九時から生活がはじまって、事務室までゆく道は車付の椅子にのって運ばれて、(このひとは小児痲痺をやっているのですって)五時すぎまでみっしり働いて、それから九時すぎまで大いにくつろいで、寝室には石でこしらえた豚が三十ほど、いろんなものでこしらえた驢馬《ろば》が又うんと並べてあって、馬の尻尾の剥製が一本飾ってあるのですって。その馬は彼の父の愛していたレース・ホースでどこかに売られてゆく途中汽車の事故で死んで、尻尾だけがのこったのですって。それを飾ってあるのだって。
チェホフのヤルタ(クリミア)の家を見に行ったら、そこは今博物館なわけですが、書斎にいろんな人の写真が飾られていて、机の上に象牙の象の群を飾ってあって、何だか面白く思いました。私の机の上が、今あるまま公開されたら、オヤ、このひとの机の上には小さい琉球の唐獅子夫妻と、妙に思案したような形の茶色の小熊とがのっている、と笑うんでしょうね。仔熊は花の下に今日は居りますが、何かのはずみでずーっとはなれたところに餌でも拾っているようにおかれています、主としてお恭ちゃんの御気分に、或はハタキの都合によるわけです。そう云えば動物が多いこと、文鎮は山羊ですから。仕事机に小さい動物や花は休[#「休」に「ママ」の注記]るのね。写真なんかは迚も駄目と思います。
そして、ルー爺さんは一週三回の水泳と毎日四十分のマッサージとをきっちりやっているのですって。この間うちの選挙のときの写真を見て、あの遊説をよくやるとびっくりしましたが、日常生活を実によくやっているのね。それだけ体を大切にしている――仕事を大切にしているということは、只贅沢な手入れをすきなほどやっているということとはちっとちがいますね。ユリの早ね励行のことも、あだやおろそかではないわけね。とにかく徹夜はしないでやりくって居ります。おかげさま、で。そしてそれが絶対に必要であることは益※[#二の字点、1−2−22]明かです。
きょうからお恭ちゃんは、月・水・金と近所で洋裁の稽古に通います。六時からはじまります。御飯がすっかりくり上ります。でもマアいいやと思うの。夜がそれだけのびますから。六時―九時。歩いて十分以内のところで大通りです。目白通りの先の左側の交番ね、あのずっと手前ですから。はりきりです。ああいう気質の娘は大変むつかしいのね。この頃いろんな調査表がまわって来て、お米にしろ、家の中の成員をかきます。そのとき女中さんでは絶対にいけないのよ。それが、いけない感情のよりどころが下らないところなのだが、それはうんとつよい。その洋裁の願書でも私とのつづきがらというところへ、私の友人の妹と書くのよ。ほっとした顔しています、そう書いてやったら。こんな気持。一事が万事です。今の若い女の子の心持という部分と、このひとのものと半々ね。なまけもののところがあるから、自分のやりたいこと一方にしていればそのことのためにくされないでしょう。ひとを置くこともあれこれと、
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