のに。
対手のひとは黙って、そういう娘をじっとみています。
顔を仰向け、眼に見入り、答を待っていた娘の心と体とを貫いて戦慄が走りました。娘にも急にわかったのよ、言葉の消えるときが来るのが。碧くてひろい大空は、そこに真昼の太陽をのせたまま、二人の上に墜ちて来ようとしていることが。
刹那を支えているひとの美しさ。
娘は叫びのように感じます、ああ自分は大地だということを。大地だというよろこびを。
[#ここで字下げ終わり]
いくらこんなに書き直したって駄目ね。
詩には響きもあるのですもの。その響は耳できかなければききようもないのですもの。詩の諧調が次第次第に高まるにつれて、律動の間から響いて来るひびき。
今そちらはどんな気候になりました? 何だか手とつま先とがつめたいようになって来たわ、こんなに、ね。
今にも出かけてそちらへゆきそうなのを、こうして机のところにいる心持。結局早くあしたにならなくては駄目だわ。
ではあした。ちょっと、こんなのがこの頁にあるわ、「野苺の願」。私を啄《ついば》んで頂戴な、そこを。それから、ここを。ええ、ええ。そしてね、ここも。苺は胸のきれいな鳥に云っているのですって。
十一月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
十一月七日 第四十九信
本当は仕事しなければいけないのに、これをかかずにはいられないという仕儀にたち到りました。
お手紙ありがとう。ところで今大いに駭《おどろ》いて、わざわざ下までけさの新聞を見直しにゆきました。だってね、このお手紙は六日午後に出ているのよ。これ迄の例では最も早くてなか一日か二日だから、はっとして、さてはアンポンきょうは土曜日かと駭然といたしました。やっぱりきょうは金曜よ。そしてみると、この手紙は稀しくも市内の速度で来たというわけになります。
そうよ、二十日以上です。格別それでどうと思ってもいなかったのだけれども、こうして来てみると、何をおいても先ずこの仕事にうち向うところをみれば、うれしいのね。やっぱりほしいのね。あなたが、余り御無沙汰にならぬようにしようと思って下さるのは極めて適切です。こうやって字が来ると、体温や声や顔やいろいろがどっさりついて来るのですもの。
きのう書いた手紙いずれこれの前につくでしょうが、きっとあなたは、このお手紙がきょうついたのはつく折としても大変適薬的だったということがおわかりになるでしょう。それは、きのうの手紙をおよみになれば、おのずからあきらかなわけによって。
さて、十七日のありがとうは皆によくつたえましょう。国男ったらね、折角国府津で心持よく暮して、よかったよかったとよろこんでいたのに、かえったその晩お酒のみすぎて下らないことにじぶくって、そのまま臥て、すっかり風邪を引いて、ずっとねているのよ。残念ねと云ったら合点してきまりわるそうにしていたわ。ずっとまだねていて、それもいいけれど、家中あやしくなってしまってそれが閉口よ。私なんかすこし危いの。薬のみましたが。
「思う」のこと、ありがとう。あれはね、抑※[#二の字点、1−2−22]は、この頃の妙な感受性をさけて語調をやわらげようとしてつけたわけです。自分として何にも思うという不決定な気持でない場合でも。だから「新しい年の――」に特に多くなったりしているのね。でも、もうおやめにいたしましょう。すらっと書いたものには「思う」なんか特別どっさりはありはしないのです、生活と本にしたって。
あの省吾という叔父のことはいつかもうすこし書いてみたいと思います。私の幼女時代に一番強烈な印象を与えた人の一人ですから。このひとの死が、初めて私につよい衝動を与えた記憶もまざまざとしています。このひとの亡くなったときは私は小学の一年ぐらいだったかしら。青山まで雨の中を俥で行って長くて眠たかった覚えがあります。
本当にあっちはもう雪ね。雨と雪とが毎日降ります。そして、十二月一杯曇天つづきで(十月下旬から)一月に入ると厳寒で却って白雪はキラキラ燦《かがや》いた青空になるのよ。午後三時ごろにはもう電燈がついて。ガローシの底でキシキシいう雪の音を思い出します。馬の毛の汗がすっかり霜になって白くなっているのを思い出します。雪の街独特な一種のなつかしい生活慾をそそられる冬の匂いを思い出します。私は雪のああいう景色や気分が実にすきよ。白樺薪の煙は実に黒くて、その煙が雪につつまれた昔風な塗色の建物の並んだところから空へと勢よく立ちのぼっているところも、親愛よ。
今年の冬は忘れがたき雪景色でしょう。
まるでちがうけれども、ここにユトリロの書いた雪ばれの絵のハガキがあります。雪をよろこぶ心がいくらか出ています。刷りがわるくて台なしだけれど。
ユトリロとしては心情的な作品ね。
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