だけよそのひとのわきにわり込ませて貰ってリュックをやっとおろして、小さい三角型の顔してのっているの。太郎は人ごみだの何だのの中だとそれは情けない情けない顔して、あっこおばちゃんを歯痒ゆがらせます。ヤアこんでるんだなアというような、からっとしたところなくてね。いとど物哀れに小さくなるのよ。私はそういうのは無視なの。いたわったりしないの。
さて、国府津へついたら、バスがこの頃はダイヤめちゃめちゃで一時間、あの朝日という店で待ち合わせ。駅前のあのテーブルなんか並んでいた店覚えていらっしゃるでしょう? もうあんなことはしていないのよ、店はしまって、ちょいと梅干が並んでいるだけよ。
私は重いスーツケースを下げて太郎に片手つかまられて辿りついた時は吻っとして、でも、いい心持でした。
八時頃国男来。二日は太郎がはりきりで砂遊びにおやじさんをさそい出し、私はエプロンで片づけもの。
午後一休みして太郎を見たら、一人でぽつねんと芝の枯れたのを植木屋が焚火している、それをつっついています。可哀そうになって、駅で買った柿の袋下げて、ナイフもって、ミカン畑の間を歩きながらその柿をむいてたべさせてやりました。ミカンが黄色くなりかけで空は青々。白い蝶が二つ高く低くとび交っていて大変新鮮でした。狭いミカン畑の間の草道を日やけ色した手足を出した太郎が短い青いパンツで汽車を見ようとかけてゆくのも面白い眺めでした。
太郎は七時半ごろ、寿江子が駅まで来てつれてかえりました。明治節のお式に出なくてはいけないから。
あの仕事てつだって貰っている絵の娘さんがきのう午後から来て、昨夜は珍しい、国、そのひと、私、女中さんという顔ぶれでした。
本をもって来たのによむどころかという有様よ。炭がない。野菜がない。海は朝も夜も目の前にとどろいているのにお魚はなしよ。大したものでしょう? お魚と云えば、この間うち市中に余りお魚がないので困りはてたとき、新しい首相は早朝騎馬で市場へ行かれました。魚がないじゃないか。ガソリンがないもんですから。ナニ、ガソリン? 早くおきて働けばいいんじゃ、と云われた由、そしてあんちゃん連の万歳におくられて馬蹄の音勇ましく朝の遠征を終えられた由です。こっちではそういう勇ましい光景もなくて魚はないのね。
すべて御持参で来れば、今頃から冬にかけては、いい心持だと思います。久しぶりでのんきな気分で空気のよさ感じます。あしたおめにかかると、日にやけたのが目につくのではないかしら。
きょうはゆっくり眠って、午後は三時間ほど裏の山の方と海辺とをぶらつきました。裏の山の南に向った日だまりには、きれいな薄紫の野菊や、しぶくてしゃれた赤の赤まんまの花や何というのか可愛い赤い筒形の花やらが咲いていて、なかなかたのしいぶらぶら歩きでした。すぐ下に二本線路があって、それが東海道本線なんですもの。全く不思議のようです。こんなに細い、たった往復一本ずつの線路が、日本の交通の幹線だというのだから。でも土台線路というものはじっと見ていると一種の感じのあるものね。小川未明ではないけれど。浦塩へ出るまでのあの茫大な山や原の雪のつもった間に、たった二条ある線路の感じを思い出したりしました。
今は、玉ネギをどこかで売ってはいないかと近くの店へ行ったら、そこはこの土地の旧家なのね、木炭、米の配給店をやっていて、中学だか実業学校だかの制服をつけた男の子が何人も、若い女が何人も、おっかさんが出て応待するのを見ています。こういう土地でのこういう古い店の人たちは、又浜辺の漁師とはちがって、圧しがあるものねえ。
さっき海辺であっちこちさがしたのだけれど、あの短い草の生えていた砂丘ね、あれはもうなくなっているわ、いつの間にか。それからうちの前の松の生えていた崖ね、つかまって私がやっとかけのぼった、あれは道路拡張ですっかりなくなって、平ったい到ってわけのわかり切った大通りとなって居ります。
それでも今度来て思うのですが、ほんとにリュックでももって三日ぐらい、休んでのびるために、もうすこしここも使っていいと思うの。
寿江子がもっとちょくな人だといいのにね、毎日曜にどうせ平塚まで来るのですから、私は土曜からいて、日曜月曜ととまって二人で何かやってかえれるといいのだけれど。
こんなこと考えながら、これでおそらくもう今年は来ないでしょうね、来年になって来ればいい方ね。
又明日からは机へへばりつきです。休んだ元気で又せっせとやりましょう。
あなたの眼いかが? 本はいかがでしょう? 晴天つづきだったから、そちらも暖かかったでしょうと思います。こっちでは足袋なしよ。
こういう風にしていたりすると、一日のうち何度かふっふっと私のすきな組み合わせでの暮しを思います。そして、こんな風に思うのよ。よく
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