のでしょうか。
きのうはエハガキに書いたように朝早く南江堂へ出かけ、午後は、あの例年の八反のどてらが仕立上って来て送れて一安心いたしました。もう、一枚は綿の入ったものがほしいわね。そして、その柔かく綿の入ったものをなつかしく思う心持は晩秋の感情ね、一つの。温度は綿のないものをいくつか重ねたって保てるかもしれないけれど。これはおくればせではなかったでしょう?
『新世界文学史』はもうやがて終ります。やっぱり読んでようございました。『発達史』の方の扱いかたは、もっと正確で、基本の現実にふかく入り、又文芸思潮としてはっきりした類別をも示していて、その点大事でしたが、あの著者はドイツ近代古典が自分としてくわしいのね、どっちかというと。
『新世界』の方は、そういう点では学問的ではないけれどもワーズワース、スコット辺から俄然精彩を放って来ていて、イギリス文学の中でバーンズをとりあげていることは大いに賛成です。バーンズを、『発達史』のひとはふれていません。私は詩を印象ふかくよんでいて、覚えているから、正しく評価されていると我意を得ました。ラファエルとミケランジェロの比較も面白いわ。ラファエルのシステンのマドンナという絵を見てね、どうしてもしんからすきになれませんでした。あの時代として大した技術であり美ではあると分るが、すきなものではなくてむしろきらいでした。しかしラファエルはきらいと云い切る人はないのでね(即ち因習によって)これからは安心してすきでないと云えるから、いいわ。そして、この本が、『発達史』と全くちがう価値をもっているという点はそういうところにあるわけです。いろいろ面白いと思います。ワグナーのことも書いていてね。生活的鼓舞をもつ本というものは、なかなか生きのいいところがあってようございます。(書きかたも半ばごろからずっと落付いて性急な過去と現在のモンタージュがなくなって――歴史はくりかえす式のまちがいがそこにあります――よくなっています)
いい本教えて下すったお礼を云わなければならないわね。読みかえして見たくお思いにならないかしらと思いました。そこいらの作家と称する人々よりずっと勉強しているということを、本当だと思います。
今ロシア文学のところに入りかけています。大体は明日じゅうによみあげてしまうのよ。カル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ァートンの本は神田でさがして来なければなりません。さもなければ上野へ行くわ。その方が能率的ね。日本の古典をよむに、必要もあるから。今月じゅうそういう仕事をして、来月から書きはじめます。
つまりは、これ迄こんなに系統立ててはしなかった仕事が(勉強が)出来てうれしいと思います。自由に各方面にひろがって、突き入って、そして書いて見ましょう。それぞれのトピックについて、どんな作品、作家にふれてゆくかということをきめるのにもなかなか手間がかかり、判断力がいります。今日という世界をはっきり目の前に据えておいて、すべてのことを書くつもりです。それがふさわしければ、文学の作品ばかりでなく音楽にも絵にもひろがって行っていいわけでしょう。才能とか天才とかいうことを語るときには画家、セザンヌやゴッホやそういう人を語らずにはいられないだろうと思います。これらの人たちは、才能とか天才とかいう抽象名詞を、自分の身についたものかそうでないものかと詮索することはしないで、努力精励というものが、つまりは才能と天才との実物的表現であることをよく示しているのですから。
きのう、一寸美術雑誌を見たら面白いことがありました。フランスの画家たちは、そういういい手本が伝統の中にあるから、実に勉強だそうです。仕事着からネマキ、ネマキから仕事着で(それで又相当どこでも通用するが)ピカソなんかでも実に仕事するのですって。或る日本の画家がじゃ一つ俺もまねてやれと思って、在仏日本人の評判にされる程がんばったのだそうですが、二年でつづかなくなったって。体力のこともある。けれども情熱の問題もあると書いていて、見栄坊ぞろいの画家としてはよく率直に語っていると思いました。
こういう話をよむと、龍之介の「地獄変」を思い出すの。あの画家は、娘を火の中に投じるヒロイズム至上主義はわかるし、作家はその面でかいているけれど、そこに何か日本の芸術至上主義の体質があらわれているようです。そのフランスのことを書いた画家は、体力というが、体の小さい日本人は戦いにつよいとかいていて、つよいのは本当だが、どういうときどうつよいかが本質の問題であるように、芸術の上の情熱もそこにかかっているわけでしょう。(つまりこんな風に、その本のなかでも話してゆくことになるでしょうと思います)
二十六日の日曜日にはね、世田ヶ谷へお出かけです。十七日が防空演習でのびて、その日になりま
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