気でおながれよ。
 十五日のお手紙は、きのうかえって来たらテーブルの真中に出て居りました。どうもありがとう。きのうついたというのはうれしゅうございます。
 追い出された目録たちのこと。たしかにいくらかヒステリーだったのね。それもそうだし、むき出しに云ってしまえば、私がまだ本当の勉強のやりかたを十分わかっていなくて、間に合わせの方法でやりつけて来ているということを認めなければならないのでしょうと思います。私の勉強法なんて全く、自家製のお粗末なのですものね。誰からも教えられず、極めて遅々たる自分の自然な成長の歩調で、やっと本を使うことの一つ二つを知った程度ですもの。しかも、もしあの婦人作家の研究でもしなかったら、私はいつも自然発生の感想をかくことしか学ばなかったかもしれません。
 目録類を粗末にしたことについては、強弁の余地なく、「それも亦妙なる」自己弁護もする気がありません。僕のコレクションと云われると、駭然として悄気《しょげ》ます。御免なさいね。出来るだけ何とかして恢復を計りましょう。全然不可能でもないでしょうから。
 けれども実際本の保管には弱ることね。永年に亙って本をとっておくということは(雑誌の場合)大したことだし、さりとて文芸評論だけ切りぬいたってやはり、その号の全体の表情との関係がいるのでしょうし。何とか考えなくてはいけないわね。
 段々真面目に仕事を組織してゆくようになるにつれて、集積として、素材として、本は益※[#二の字点、1−2−22]好きという身勝手なものから大事というものになってゆくのでしょう。私は中ぶらりんのところね、だからヒステリーの作用を蒙りもいたします。
 朝日年鑑、この間も見てどうも変なのよ。あなたの示して下さっている鉱山のは、次のように書いてあります。 単位千人
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五三三・九
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 つまり五十三万三千九百でしょう。これだけでも私は間違えていたことが分りますが、どうしたわけかといろいろ使った統計しらべて見たら労働年鑑を百単位によんだのでした。人単位を。だからケタちがいを生じたわけです。二七、〇〇〇三と(十一年)あるのにね。十四年の働く女性の総数が二、五五八・四です。閉口ね。この次の時(増刷すれば)直しましょう、忘れずに。どうもありがとう。くりかえし云っていただいてすみませんでした。
 文学史に関する本で焼きたくないものはかなりありますね。明治文学に関する古い出版のものにしろ一旦やけたら、やはりなかなか再び手に入らないでしょう。個人の書物がこんなに露出されていると、本当にせめて上野の図書館ぐらい安心であってほしいと思いますね。もしあすこが本当に安全であればまとめて寄附して、いつでもつかえるようにして貰ったっていいのにね。あすこが又どうでしょう、上野駅に近いのですもの。
 多賀ちゃんへは手紙こちらから出します。今日つづけてかいてしまいましょう、何かにとりかかるとつい手紙を不精してしまって。きょうから『新世界文学史』にかかります。そして、これが終ったらカル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ートンを見て日本文学の作品を直接よんで、いろいろ段々と面白い計画をお話しいたしましょうね。例えば、この頃英雄ごのみがあって、ナポレオン伝やニーチェ伝がよまれるのよ。英雄とは何でしょう、ニーチェとはどういうものの考えをした人でしょう、私はそういうことも分るようにしたいと思います。同時に平凡ということの真の意味も。そういうトピックについてスタンダールの作品、ニーチェの「ツアラトゥストラ」やショウの「人と超人」や二葉亭四迷の「平凡」、花袋の「田舎教師」が出て来るだろうと思います。平凡の実質は高まるということについて、ね。
 読まれるものの意味と、そういうもののよまれる心理をはっきり描き出すことで、私たちは自分の生きている生きかたを知ることが出来るでしょうから。
 親と子とか、友情とか、そういう風に扱って行きたいのよ。性の課題ではトルストイが親方として登場するでしょう、「クロイツェル・ソナータ」。性の扱いかたの偏向、フロイドの或種の亜流や何か、をも見ながら。だからなかなかなのよ。腕を高くまくって肱まで粉につけて、深くよくこねなくてはね。しかし、もしうまくこねて焼ければ、これはそう不味《まず》くはない風味の食物になり得るでしょう。モラルの形でなく、人間の真実としてまともなものを示したいと思います、モラルや風格ならほかのひとがやりますから。恋愛のことについて書くとき私は恋愛小説の存在の意義をも明らかにしたいと思います。所謂真面目な恋愛小説というのはどういう要素に立って云われるべきかということを。「ウェルテル」にしろ真面目だったでしょう、あの時代としては。しかし今日の意味には、通用し
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