たのね。ドイツ語が自由だったにしろ。
 私もどうやらやっと仕事に向って来たようです。でも辛いのよ、この間叢文閣の本、実に面白くて、丁度そちらへの途中、新書の「アラビアのローレンス」をよんでいて、ローレンスの悲劇が何と一九一八年をめぐる世界的な意味をもつかと思って、興味おくあたわずです。ストレイチーという人(エリザベスなんか書いている)がもし真に歴史小説家ならば、たり得るならば、「アラビアのローレンス」こそとりあげるべきです。でもストレイチーには書けないでしょう、ストレイチーは個人の心理のニュアンスを追ってものを分析するから。ローレンスの悲劇は分らないわ。歴史小説のテーマはつまりはこういうモメントでつかまれなくてはうそです。あの本をよみながら殆ど亢奮を覚えました。「スエズ」その他引つづきよみたいものが出て来て、ほんとにあの本はうれしうらめし、よ。そして又一方には、こういう本の面白さ、現実性に対して、同等の熱量をもつ小説というものが実に不足を感じます。文学の立ちおくれということは、単純でない理由をもっているから、或意味でおくれているのが本当ながら、しかし本質が非常に弱ったものの上におかれているとき、文学のおくれは実にひどいことねえ。何ものをも描き出していないという位の印象で。私は面白い本をよむにつけ、同じように面白い小説がよみたいわ。波頭について云えば、勿論小説の書く現実はずっとおそくうちよせた波についてかいているのが必然だが、少くともその波の描きかたの深さ、正確さ、規模に於て、ね。本当にそういう小説がほしいわねえ。何てほしいでしょう。自分だけとしての感情で云えば、古典が実に古典化してしまった感じです。今私は自分のためばかりに古い小説をよみたいと思いません。今日の歴史性刻々の古典がほしいわ。
 あの支那についての本の著者が生きていることはおめでたいことです。こんなものね。いろんな希望がいろんな形で話されるのが分って、面白うございます。
 朝おきについて、皆で笑ってしまったわ、ホーラね、こっちへ来ればきっと出ると思った、と云って。大して悪い成績でもありません。けれども目白のようにはいかないときもあります。北の四畳へ籠城ときめてからはピアノも大して邪魔にならず、昼間落付くからもう安全になりました。なかなかいろいろよ。一日中殆どピアノがきこえるのですからね。あっちこっち工夫して、つまるところ一番せまくるしい、寒いところへ昼間はとじこもりにきめました。こちらだと左側から平らな光線が来て目も楽なの。南向でも大きい木や何かが邪魔してくらくて。夜は南の方へ引越すの。
 冬の詩集の話、本当にそうでしょう? アイスランドのことは面白いと思います。アイスランドにそんな暖いお湯のあふれるところがあるなんて、何となし思い及ばないことね。そして外面の事情のつめたさだけ零下〇度ではかっているというのは何と興味があるでしょう。自然とは豊富なものね。すべて自然なもの、自然さをけがされていないものは、同じようなゆたかさをもっているのね。アイスランドの暮しはアンデルセン風のものがこもってさえいるようではありませんか。
 専門学校以上は十二月で卒業になります。一学期くりあげの卒業です。やがて一ヵ年短縮になる由。文部省はいろいろ賛成しかねる点を見ているのだそうですが、青年団に学生が多い方がいいという点だそうです。七月で外国雑誌は入らなくなったし、大変なことね。学問の水準を保つ必要は、一面他の刻下の必要にも通じているわけなのでしょうが、両立しかねるものと見えるのね。先生も生徒も急にきまったことで急にせわしない思いをしているようです。女のひとも同様ね。美校の卒業生も中学の先生になるか工場へゆくかという風だそうです。
 この妙な紙もこれでおしまいよ。なかを見ないでいそいで買ったらこんな字入り。こんなのを見ると、子供のとき父の事務所用のタイプでいろいろ打って(印刷したのね、考えると)ある紙が珍しくて、それをもち出してつかって、子供が使うと可笑しいと云われてよく意味が分らなかったことを思い出します。そしたら、この間、東北へ行っている娘さんが、大学のいろいろのことつまらながっているのに、大学と押し出した紙つかって書いているのを見て何となく微笑しました。あのひともやっぱりそういう紙を偶然手に入れたのかしら。
 夕方、寿江子へのおはがき。道後のことが書いてあって又行ってみたくなったわ。この夏、海のきらめくのを眺めながら、室積で、すぐ道後に行って見たくなりましたっけが。電車で行くんでしょう?「坊っちゃん」のなかにも、そこいら辺が出ているわね。太郎を今に虹ヶ浜へつれて行って泳ぎを教えようというのが目下のところ私の憧れよ。太郎もたのしみにしています。
 冨美子が学校にいる間だと、あの子が上手
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