はり独自な価値をもちましょう。文学という面で云えば、少し大きく云えば世界文学評みたいなものになるわけだから、そう思うと私はまだまだよみ足りない感がします。
 英雄崇拝ということについて、スタンダールの小説を見のがすことは出来ないわ。ところで私はスタンダールをどうマスターしているでしょうか。大した自信がありようもないわけでね。しかしこういう方法しかないときまれば私はもう腰をすえてかかります。又ケイオーの桑原さんから眼の疲れを守る薬をもらって、せっせとやるわ。この機会に、これまでちりぢりばらばらだった世界文学に、自分なりの一貫した整理が出来れば仕合わせですから。人生への理解のひろさ、ふかさという味だけでなく、人生と文学との見かたが、文学的にやはり何かであるという風にやりたいことね。
 九月はじめのお手紙で、マンネリスムのポーズに陥ることについての戒心がかかれていて、あれは全くのことですが、でも、自分の仕事として本当に自分がアペタイト感じる迄つきつめて行って見ると、とどのつまりはやはり何かの点で、いくらかでも勉強の重ねられたものでなければ満足出来ないから、そこは面白いものね。同時にユリが、器用人でないことの有難さよ。先生[#「先生」に傍点]になることに皮肉を感じているありがたさよ、ね。
 白揚社と万里閣から、女の生活についての本の契約があって、それは、こちらよりも自分で早く目あてがつきます。一つの方には一寸面白いプランあり、これも勉強がいるのよ。それはいずれまた。白揚社の方の本では、益軒の「女大学」、それから女のひとの書いた庭訓と当時の文学にあつかわれている女と川柳などの女の生活と、その関係を見きわめながら明治へそれがどう流れこんで来て、今日どう変化しているか、そういう点を見たいの。(つい書いてしまったわね、いずれ又なんかと云いながら)さし当りこの三つを目前にひかえてフーフーの態です。こういう種類の本三つもかけば、小説が書きたいわねえ。実に書きたいわねえ。
 それでも白揚へのプランは、もしちゃんと出来れば、今出来かかっている『婦人と文学』の前期、明治以前をつなぐものですから価値があるわ。徳川時代の女に何故歌よみと俳人はあっても、小説家が出なかったかということなど、考えるべき点ね、女性の教養と当時の文学――小説の考えられかたの点。馬琴と春水との出現が語っているような分裂、その間に所謂文のかける女は皆つまりは馬琴側で、しかしそれでは女にはかけなかったという矛盾。十八世紀にフランスではラファイエット夫人が立派な小説かいているのにね。そして、これは、藤原時代に女が小説をかけたことの、その可能のうちに潜んでいた弱さの結果を語るものとしてあらわれているのですから。
 おやおやもう八枚目ね。では又ね、あした。

 十月五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 十月五日  第四十二信
 きょうはむし暑いこと。セルを着ていて汗ばみます。そちらも? 太郎は急にとうさんとかあさんとにはさまれて、鉄道博物館を見に出かけました。
 お手紙、やっと着。ありがとう。
 あの間違いのこと、そのケタちがいの理由がわかりました。労働年鑑や何かで有職婦人の総数をしらべて、それと間違ったわけでした。有職と云えば広汎で、あの数が出ているのですけれど、勿論働いている女のひとの数はその一部ですからずっとちがいます。有職には待合のおかみでも入るわけですから、度々注意して下すってありがとうございました。私はときどきこういう間違いをやるのね。そしてそれはやはり様々の原因があることで威張れないと思います。よく気をつけましょう。
 本のこと。おっしゃるとおりと思っているのですけれど、はかどらないことよ。東京市もところによっては指定区域というものが出来る(出来ている様子です)そこでは防火用の設備もいろいろときまりがあって、小石川の高田老松の辺や目白の方もそういう方らしい様子です、戸山ヶ原その他があるからでしょう。こちらとその条件が大分ちがうようです。各戸にポンプや何かそなえるというのよ、指定のところは。そしてバケツでも一定数以下しか買えないところは市で配給するということです。その点ではこちらはよかったと思います。
 輝ちゃんの毛糸は、お話しいたしましたとおり。一ポンド二十円というのは毛ならきまったねでしょう、上海あたりからのものもその値段だそうよ。
 巖松堂の六法、承知いたしました。鴎外の歴史もの私はみんな(と云っても、後期のものは別ですが)文庫でみたのよ。もし全集がうまく手に入らないようだったら、文庫でも我慢して下さるでしょう、こまこましてうるさいにはちがいないけれど。全集は岩波からホンヤクの部と創作の部と二種並行にして出して居たと思います。鴎外なんかやはりきんべんな人だっ
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