した。山崎のおじさまは、とりが好物でいらしたのですってね、知らなかったのに偶然よかったわ。それに、こまかく柔かにしたのがあったりして。
 ビールをのもうとおっしゃるの。私は本当に頂けないからと云ってもすこしとおっしゃってあけて、ついで、こっそり立って妙なビンをもち出して、それを自分のコップに入れなさるのよ。大笑いしてしまった。それは、タンシャリベツなのですもの、あの甘い。マアこれは妙案だと大笑いでね、しかもおじさまはいくらか気のぬけたビールがおすきなのですって、愉快でしょう? でも、口が大分まわりにくく、おっしゃることをききとりにくいわ。一杯きこしめして、暫くしてもうわきへころりと横におなりになってスヤスヤ。やがて九時ごろになって、私が急に大きい声出して、笑いながら、さあおじさま、もうそろそろおいとまいたしますよって云ったら、むくり起き上ってパチパチして、改って御挨拶で、これも大笑いいたしました。こっちはすることがないから、かえりたいかえりたいと云っていらっしゃるのですって。せまくて、木を切ったりも出来ないからね。
 でもこういう親子三人みていると、みんな単純な心持で、周子さんなんか、頭もそれなりにきいていて、なかなかいいわ。いろいろのことがないと私なんか時々はフラリと行って見たいようだけれど。さっぱりした気質ね。
 富田みやげというせともの入りのわさびの味噌づけというのを頂きました。それと雲丹《うに》の玉というのを。あちらの雲丹は美味しいけれど、あなたは雲丹お好きだったかしら。私知らないわね。私たちの御飯に雲丹なんてあったことなかったことねえ。十月二十日すぎ防空演習が終りますから、そうしたらもう一度あの三人を何とか御せったいして、おじさまをおかえししましょう。六十六ぐらいでいらっしゃるのに、まだわかいのに。年をおとりになっているわねえ。
 周子さんは和服より洋服がすっきりしてきれいよ、和服は妙にごてごてにきるもんだから。赤い色(日本風の)が似合わないのに、日本の服は年[#「年」に傍点]で紅さを氾濫させるでしょう、顔が変に重くるしくなってしまうのよ。平凡な服をさっぱりきていてよかったわ。ああいうことでも働いている女のひとには活々したところがあって、大まかのようでいてなかなかつましいのよ。都会の暮しかたをすっかり身につけていて、生活力があるわ。姉さんは、あれはもっとちがった人らしいことね、写真で見ると。美しいと云っても弱々しく、つまらない美しさね、湧き出す力が全くないのだから女優として駄目だったのは当然です。小林一三のおめがねもあの位なのかと、人物評論的おもしろさを感じました。
 叢文閣の本ね、きょうで完了よ。この人は、面白い本をかきますね、何というのかしら、大抵のひとは事実をその関係で示し語るだけだのに、この人はその関係のなかにしんからの理解をもっていて、展望の結果の面白さを自分でも十分感じていて、その感じが、本の云うに云えないニュアンスとなっているのね。つまり人間としての情熱が感じられるのね。この人の本は、最近どんなものが出ているでしょう、もしよめたら面白いでしょうね。そして、きっと面白いものをかいているでしょうと思われます。わかることを云えば一目瞭然的に明確ですからね、今日においては。
 別の話ですが、今度翻訳権が統一的に処理されることになりました。今までのようにめいめいが勝手にその権利を原著者から貰うということではなくなるらしいことよ。
 筑摩の本は決心して、やはり云っていらしたようなプランでやります。古典の作品から現代の作品をひろい範囲で対象として行って見るわ。絶えずいろいろに考えて見ますが、どうしたって、そうでもしなければ書けない本なのですものね。人生論的なものを書くなんてその形では、いかにも書く気がしないし。どこまでも文学をはなれず、古典のよみかたもおのずから会得しつつ作者とその時代もわかり、そこからひろくふえんされたものの感じかたに導かれるというのもわるくないでしょう。もうそういうやりかたしかないときめたの。きのうの晩。それできょうはのこりの30[#「30」は縦中横]頁を終ってそっちの仕事に着手いたします。
 歴史的な精神発展の順がどのように辿れるのか今のところ見当がつきませんけれども、でもたとえば、「ジャン・クリストフ」の中ではクリストフとオリーノ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ィエの友情の面でとりあげてゆくという風にして、それと何か女の友情の問題のある小説とを並べてふれて、友情の内容のぎんみも出来れば幸だと思います。そういう風にやって見たいの、同じ問題が女の生活ではどう現れるかというところも見落さず。そういう立体的な背と腹とのあるもの、そしてその両面のいきさつも鮮かに示されているもの、そういう本なら、や
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