思って居ります。けさの床の中で暫く目をさましていて、あることを考えました。
 この前の前の手紙で、詩集の話が出て、どうしてあの詩人は秋冬を余り季節としてうたっていないのかと思うと云っていたでしょう。考えて見て、一つ一つの詩について見なおすとね、あるものは肌さむい秋だの凩《こがらし》の冬だのが季節としての背景にはあるのだけれど、詩は、いつもそんなつめたさやさむさを忘れて様々の美しさへの没頭でうたわれているのですね。それに気がついて、ほんとにほんとに面白く思いました。生活のあたたかさ、よろこびのぬくもり、そういうものの中で、どの詩も単純な季感からぬけてしまっているのねえ。
 実に素晴らしいと思います、だって「月明」にしろ背景は冬よ。けれども、あの詩の情感のどこに寒さが在るでしょう。ほんとに、寒さがどこにあるのでしょう。
 それから「草にふして」というのなんか、秋も深くもう冬なのね、季節は。しかし、その草のかんばしさ、顔にふれる心地よさ、そうして小犬がその草原にある※[#「木+解」、第3水準1−86−22]の若木にまといつき、うれしそうにかみつき、一寸はなれてはまた身をうちつけてゆく様子なんか、やはりそこにあふれているのは優しい暖かさよ。ちっともさむくないわ。代表的なのは「春のある冬」という序詩ね。覚えていらっしゃるでしょう?
 あなたの体をつつむ毛布からこういう詩の話になるというのも、きっと何かふかいつながりがあるのかもしれないわ。とにかく私は、今あなたを寒くないようにと大変思っているからなのね。

 十月二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕


 十月二日  第四十一信
 太郎がわきのベッドに入って、山羊の文鎮をもってねています。お風呂のぬるいのに入って遊んで、さむくなって、二階へくっついて来てベッドへ入っているのよ。
 ところで、きのうの夜の風はひどうございましたね。夜中に幾度も目をさまして、ああこの風がガラス一重に吹き当るときはどんなだろうと思いました。ガラス越しのうすら明りだの、そこに揺れるまとまりないかげだの音だの、そういうものを想像いたしました。目白だったらこわかったろうと思いました。あすこは南が実にふきつけるのよ。
 三十米の風速だったのね。先年、てっちゃんのうちの羽目がとばされたりしたときは四十米以上ありました。山陽線又不通よ。そして大分で、汽車が河に落ちて、百二三十人死にました。大半は中学生の由。
 きょうは私はうれしい心持よ。やっとやっと夜具が送れましたから。この頃はどこも手がなくて、約束していても急にその職人が出征したという風で、夜具も、袖のある方はうちで縫ったのよ。本を見て。そして職人を呼んで綿を入れさせ。ああ、ほんとに気が楽になったこと。袷は、ちょいとよそゆきの方が、先になってしまいましたが、近いうち、例のをお送り出来ますから、そしたらそっちをしまっておいて頂戴。
 島田への毛糸も送ったし。さあこれで引越しにつづくバタバタは一段落ね。そして愈※[#二の字点、1−2−22]筑摩のにとりかかります。
 そして、きょうは手帖をくりひろげて少しびっくりしているのよ、この前私は二十一日に手紙を書いたきりだったのね。もう十日余も立ってしまったなんて。二十六日からは夜具ごしらえでさわいだにしろ。
 あなたの方もきっとあっちこっちへ書いていらしたのでしょうね、こちらへ頂いたのは九月十三日に書いて下すったのきりね。やっぱりこれも少し珍しいくらいだわ、九月にはつまり二通であったというのも。私たちは何となく落付かなかったのね、きっと。今月からは普通の軌道にのってゆけるでしょうと思います。そちらでももしかしたらきょうあたり書いて下すったかしら。
 二十六日の金曜日にはね、一寸お話したとおり相当くつろいだ一夜でした。山崎の周ちゃんの店は渋谷から出る東横バスの若林というところのすぐわきです。おりて、どこかしらとクルクル見まわしていたら、いかにも新開の大通りらしい町なみに、ヤマサキ洋装店とかんばんが出ていて、すぐわかりました。何とかミモサとか、何とか名をつけないでヤマサキと簡単に云っているのもあのひとらしいわ。店はひろい板じきで、わきから上ると、六畳で、つき当りが台所。二階のあるうちです、新しいの。そして、その六畳には洋服ダンスだの、大きい鏡だのがあって、その鏡の前には花だのフクちゃん人形だのがあって、山崎のおじさんはズボンにシャツという姿でした。お兄さんもかえっていてね、店の外のところにカスリの若い男が少年と立ち話をしていた、その人だったの。写真帖を見せてくれたり、戦の話が出たり、獄中記を著した斎藤瀏というひとは歌人としてもそのほかの意味でもセンチメンタルすぎてがっかりしたという感想談があったりして、のんびり御飯たべま
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