どんな方法で支えられるかということを謂わば一日は二十四時間で人間のエネルギーはどの位かと考えて、そして、そこで幾とおりの事が出来るものかと考えて見て、一番大切なことを守らなければ意味ないとよくわかったのです。書けないということは、書けないのではないのですからね。育たなければならないわ。そういう育つべきこととして考えて、あっちのいやなこともこれ迄とちがった気持でやってゆけそうになって来たのです。
 これと、もう一つ内心ホクホクのことは、この間うちいろんな新しい小説をよんでいて、所謂書けないからこそ、とっくりそこの井戸は掘って見ようと思う文学上の新しい方法(というのも変だけれど)がちらりと心に浮んでいて、それがたのしみで私はこの二つのことを最近つかまえた狼の子と呼んでいるのよ。
 この頃の、抜き糸を箱の底へためたような小説がいやでいやで。文学はどこかにもっと堅固な骨格や踝《くるぶし》をもって、少くとも歩行に耐えるものでなければならないと思っているものだから。ヘミングウェイなんか実に暗示にとんで居ります。題材その他いろいろの点全くここにある可能とは異ったものではありますが、でも私にとってはやっぱり広い野面に視線が向けられた感じです。
 そういう狼の子たちの育つのが、育てるのがたのしみで、そのそれで新しく引越す生活に自分としてのはっきりした心持のよりどころ、中心が出来たわけです。都合のためだけで、ああいう空気の中に入ってゆく気は迚も迚も出ないのです。
 つかまえたものが心にあれば、私は愚痴もこぼすまいと思います。ぐるりの人たちの生活態度にばかり神経が反応するという弱さも生じないでしょうと思います。このことは私として最も修業のいることの一つよ。そのひとたちはそのひとたち、私たちは私たち、その各※[#二の字点、1−2−22]の生きかたで生きてゆくということは分り切ったことで、しかも時々何だか感情が分らなくなるわ。余りいろんなものが流水の表面に浮んで、一方の岸で水はあっちへ流れているようなのに、こっちでは水はこっちへ流れているようだったりすると。
 でも、私はちっともそういうことについてよけいな心を苦しめなくていいのだし、おせいっかいはいらないことなのね。自分のことにもっと謙遜に全力をつくしていればいいのだわ。自分が全力をつくしていれば、あるところでその流れはやはりこっち向きだったのか、あっちむきだったのか、自然わかって来るのだから。
 そういう点も、つきはなすというのではない自分としてのわきまえをもつべきなのだと思ってね。それで益※[#二の字点、1−2−22]自分の所産ということをだけ注意し、関心し、熱中すればいいのだと思うようになって来たわけです。どんな形であろうとも、そのひとはその人の歩きようでしか歩かないみたいなものだから。いろいろなかなか面白いことね。人間が俗化してゆくモメントは何と微妙でしょう、私は自分についてやはりそのことを考えるのよ。私の場合にはきちんとしたさっぱりした自分たちの生活をやって行こうと決心している、そのことのために丁度模範生がいつか俗化するような俗化の危険をもっていると思うの。こういうところなかなかの機微ですから。今のような生活の問題があって、あらゆる面から自分の生活感情をしらべる必要がおこったりすることも、有益よ。
 さて、チクマの本のこと。この案は立派ねえ。これは魅力のふかい構想です。しかし、云わば文芸評論をかき得るか得ないかという空気とつながった問題があってねえ。
 女性の生きかたの問題だけの糸をたぐれば、これは文学史を流れとおして今日に到り得るのよ。それはいつか書いてみたいと思っていますし、書けるのよ。
 いずれは文学作品だのから語るのでしょうが、形は、一つのトピックからひろがってゆく形、間口は小さくて奥でひろがる形になってゆくのではないでしょうか。だってね、さもないとそれぞれの時代の人間生きかたについての中心的な観念がいきなり辿られることになって、それはとりも直さず校長さんのかけ声となってしまうでしょう。
 親子のことについて漱石は、本当の母ではないということを知ったことから人生に対して心持のちがって来る青年を書いていますけれども、自分が実の子でないということを知って、それに拘泥してゆくそのゆきかたがどういうものか、というようなところから親と子の自然な健全な考えかたを導き出して来る、そういう風に扱ってゆくしかないでしょうね。自分の計画としては、そんな方法しか思いつかないのよ、可能な形として。階子の上の段からちゃんちゃんと一段ずつ下りて来て廊下へ出て、廊下を歩くという順には行きそうもないと思います。そういう堂々的歩調のむずかしいところがあるわけです。トピックとしてふれないものもあるわけですから。余り定式
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