てね、でもこんなにくたびれていては、久しぶりであなたどうしたかとお思いになるといけないかしらなんかと考えていたら(大船あたりで)横の席の人が、日曜日だって朝刊がないっていうわけはないだろう、と笑って云っているのがチラリと耳に入って、あら、じゃきょうが日曜かと急にぐったりした次第でした。
 そんなにせっついた気持だったところへかえってみれば待っていたものがあるし、おなかは力がぬけているしで、月曜おめにかかったら、笑える唇の隅が妙な工合にぴくついて。可笑しいわねえ、おなかがフワフワになるとああいう風になるものなのかしら。あなたも気がおつきになっているのがわかりました。
 一昨日は、あの手紙の束もってかえり、夕飯後すっかり整理してみました。一どきにしたいことが三つもあって、あの晩は弱ったわ。明月でしたろう? 二階とてもいい月見が出来ました。その月も眺めたいし、手紙も書きたかったし、整理もしたかったし。丁度お愛さんが一ヵ月のくくりで五十四円六十銭也をもって会へかえって留守で、たった一人でしんとしているし、どれをしようと迷った末、遂に最も実際的な整理をすることにきめました。一九四〇年は前半までありました。上落合からのはたった二通なのね。第一信第二信はなくて第三信がそもそもの初りですね。十二月二十日以後で、あの上落合の家には五月初めまでしかいなかったのですが、たった二通しかなかったのねえ。その五月からは殆ど一ヵ年以上へだたりがあって。二通の手紙は可哀そうな気がいたしました。
 それに、ちょいちょいよみかえして、大きい字を見ると変ね。いろんな響や匂いが大きい字の間からぬけてしまっているようで。細かい字にとおっしゃった感じわかるようです、紙数ばかりのことでないものもあって。
 きのうはそちらからかえりに池袋で円タクひろって、目白へまわって荷をもって林町へゆきました。寿江子は十四日に立つそうです。国が、土・日と行って。林町は今臨時の留守番のひとと武内というもとうちにいた人の夫婦がいますが、丁度一尺ざしを三本立てたような感じでね。これもどうもとっつきにくい空気です。私も留守番、私も。という気分からそういうことになるのね。大変工合がしっくりしないので、国、夜業から十時すぎかえって寿江子が安積《あさか》へ行ったら姉さん来てくれるといいなあと申しましたが、評定の結果、こちらは動かないことにしました。国だってあすこから行けるところがどこかになくては困るのだし、私にしろ、やはりいざというとき家を放ぽってどこかへ行ってもしまえないから。隣近所に対しても。ここから奥の方でいくらか森でもあるところにすこし心がけておいて、やはりここは動かないのが落ちでしょう。留守いと云ったって、自分の家をすててひとの家の留守をする人は居りませんものね。ひどく困りそうだったら、或は戸台さんでも来て貰うかもしれず、それはあのひとがひとり暮しだからというわけなのですが、いずれ御相談いたしましてから。目下のところは現状のままとしか考えて居りません。
 きょうお送りした分。すみませんが、あれが九月から十二月迄よ。あとには全部全部であれと同じしかないのですが、まあどうにかなるでしょう。とにかくかつかつながら、そちらが本年じゅうもてばいくらか気が楽と申すものです。不意なことが起ったりして、小さい水たまりは瞬くうちに蒸発してしまいますね。フッ! そんな速さね。世に迅きもの、稲妻と匹敵いたします。
『私たちの生活』あれとして気に入って頂けて嬉しゅうございます。ああいう風にして集めると、又別様の趣が出ますね。この次予定されているのは、あれとも亦ちがって、ノート抄とでもいうようなものにするのですって。(本やの名今一寸思い出せず、名刺みなくては)それも面白いでしょうね。たとえば日記から、手紙から、メモから生活、文学いろいろの面にふれたものを収めてゆくのね。勉強不勉強もわかるというところがあって。全然新しいちょいちょいしたもの、たとえばこの間野原で見て来た夜の光景だのもそれには入りますから、きっとやはり面白いでしょう。
 それはともかくとして八・九は筑摩の仕事です。さもないと、ユリの河童の小皿が乾上りますからね。そっちがこの仕儀に到ったので、ぺちゃんこにもなっているわけです。書きにくいことねえ。実に何だか書きにくい。こんな仕事早くしまって小説をかきたいと思います。第一次の欧州大戦のとき、あの五年間、ヨーロッパのいろんな作家たちは大抵その間まとまった仕事出来なかったのね。すんで、落付いてから。そういう気分が誰でもを支配していたようです。しかし今日はどうなのかしら。少くとも私たちは、済んで落付いてからという風に考えては居ないのが実際です。仕事をつづけてゆく、非常に強壮な神経の必要というものを感じて居りますね。
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