でしょう? 光井へ行ったときでも買ってあげようかしら。お兄さんは御亭主にああ云っておやりになったのだから、姉さんはおかみさんに書き易い条件をつくってやる責任がありそうね。お互っこですもの。ねえ。
「ミーとかユーとかいうのはあっちの言葉じゃろのうんた。ミーがやるたらこれユーのかとか姉妹でやっちょります、いくらか気《け》がのこっちょってじゃのう。」面白いでしょう? 私面白くて。ミーがやるっていうようなことひょっと出るのね。そういう言葉づかいの生活だったのねえ。このあたりにはやはり海に面したらしいところがあって、ハワイだの、アメリカだの、なかなか広闊なわけです。友ちゃんの弟はお父さんのところへ行っていて、これは I と me とを正しく使うために、今学校ですって。七年級にいるって、小学のね。写真みましたがいい子だわ、そしてその子に輝がよく似ていて、なるほどと感服いたします。
 これを書き出したときは、明後日野原へもって行って、そこで書き足しておしまいにして封じようと思っていたのに縷々《るる》としてつきず、遂におきまりの頁の終りに来てしまいました。
 達ちゃんには会えるか会えないか見当がつきません。或はもっと時が経ってから逢えるのかもしれない。けれどもそれは期待出来ません。むこうへ行っても相当手紙は書けないかもしれないね、と云っていたのよ、十六日の晩も。今度はクレオソート玉がどこにもないし、梅肉エキスだの水を消毒するものだの持たせました。こっちも今年は余程用心しなくてはいけませんね。水なんかひどい水よ。おとなりから飲料水は貰って居ます。
 今はもとと方式をかえて、渡辺という運転手はおかみさんと近所に一軒もっているし関根というのは妹と又つい近くに一軒もっていて、うちで御飯をたべる人はなくなりました。こういう変化も時代らしいわね。ですから台所のバタバタは随分減っているわけです、ひところよりも。その点は友子さんもいいわ。お母さんはいつかのKのことをおこりになったばかりでなく、使われる方の気持としてもそういう方を望むわけですね。達ちゃんの代りを(車を動すこと)やるのはTという人ですって。このひとは先に達ちゃんに会いに広島へ行ったとき会ったひとです。なかなかはしこい男の由。でもお母さんはよくそこいらを御承知ですからうまくおやりになりましょう。リューマチスになって早くかえって、一等傷というので又わるくなればいつでも病院に入れて、病気になりながらよく修理で働いたというので感状とかをもらってかえった由。持病もってゆきよってのう、すごい奴ちゃ。上のお寺の坊さんは四年になるのにまだかえりません。大方それは坊さまじゃからだろうというこってありますよ、あとからあとからとぶらいせんならんからのう。成程ねえ。そうならかえられっこないわねえ。秋本精米所のおじさんは心持のいい人だが、おかみさんを失ってまるで病人かと思う程げっそりして居ります。うちでなおそうとして手おくれしたのですって、腎臓を。お米の俵をあつかって無理したからだって。ではこれで〆切りにいたします、出すのはあしたにしましょうね、私はおひろいにならないのだから。

 七月二十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 山口県島田より(封書)〕

 七月十九日  島田からの第三信
 いま午後三時すこし前。私はこの手紙を大変珍しいところで書いているのよ。店のあのびっこになったテーブルで。うち中、今日は私一人。お留守番。
 午前十一時ごろ電話がかかって来て、友ちゃん出たら、どちらにいらっしゃいます? 川へ行ってです(お母さんのことよ)、一寸およびして来ますからと云っているの。何だろうと思って私が立って行ったら、びっくり間誤ついた顔で、広島からですの、というの。まあ、といそいで出てきいたら、外の民家へ泊っていて、会えるというので、すっかりところをきいてかきつけたところへ、おかあさんがあたふたおかえりで、そこで達ちゃんはいろんな注文をしたらしいの。いつがええの? 今日? そいじゃすぐ仕度せて、ということになって、御注文のビールを何とかしてとどける方法はないかと大さわぎをしたけれども駄目で、結局四本包に入れてゆくということになり、私は七輪をパタパタ煽いで、ゆで玉子をこしらえるやら、鰻をやくやら(丁度河村さんがくれたので)珍しくとっておきのマイヨネーズもトマト、胡瓜もつけて、一包みこしらえて、それおしめ、それ着代えと大騒動の上、一時五分の上りでお立ちでした。今夜は広島泊りです。
 今夜は珍しく私はひとりでここでお留守番ということになりました。タバコと塩だけ売っていればいいから大体わかるでしょう。店の留守番というのは馴れないで妙ね。奥へひっこんでいたのではものにならないから、ここへ出張って、これを書いたり、「ベリンスキー選集」を読んでノー
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