の顔や頭のようなつやはついて来ていますが、独断と単純な――歴史性のない人間万歳にみちています。それでも、ああいう風に単純に人間[#「人間」に傍点]に立ってものをいうひとは少くなっているので、やはり何かの魅力なのよ。明るさのレベルは、彼が講談社から本を出して平気なような、そういうところからも出ていて。
 新書の『人生論』なんかみると、恋愛と結婚のことなんか古い古い考えです。恋愛が結婚の中で消えてしまうのが当然という風に云っている。これで、彼の女性とのいきさつのルーズさも分るでしょう。そう考えているのだわ、ですから結婚の外に恋愛したりして、そっちはそれでズルズルに分れたりしてしまうのね。
 本当のオプティミズムが身につくためには、大した勉強や砕身がいるのですもの。武者さんはそれとは反対のひとだわ。持ちものだけで満足しているひとです。自分のもちものを、客観して疑うということのない、その故の明るさです。持たないものについてはあきらめている、大した東洋人よ、その点でも。それに第一ああいう風な羅漢《らかん》さん的完成そのものが古い東洋です。おびんずるだもの、撫でられぱなしだもの。(おびんずる、って何だか御存じ? それは浅草のカンノンさんなんかにもある妙なつるりとした坊主の坐像で、自分の痛いところをなでて、おびんずるの同じところをなでると苦しみがとれるというのよ。さし当りあなたはトラさんの眼[自注6]をなでて又おびんずるの眼をなでて、益※[#二の字点、1−2−22]ひどいバチルスをお貰いになるという工合)
 島田の電車は、てっちゃんのうちの前の川の、あっち側かこっち側を走るのだそうです。あれは島田川? 島田川と云えば、いつか又ゆっくり行って見たいものです、用事なしで。只あのうるささには全く閉口するけれど。光井へゆけば光井へ、ですから。あなたのおかえりになった時分とは何倍かよ、何しろ全部軍事的中心地ですから。何という変りかたでしょう。そういう空気が心理的にいろいろ影響しているのよ。もう十分御察しのことと存じますが。この間多賀子から手紙で、何だか具体的には分らないが、この頃はおえらがたが目先にチラつくので話もそういう傾きになっておばさまも云々とありました。
 私の方は金曜日に申しあげたように八月一杯ね。自分ではなるたけ七月一杯としたいと思って居りますが無理でしょう。
 そちらへ、家は暑いと云えないわけだけれど、でもやっぱりそう能率はあがらないから。去年は二階にいて、うだって疲れて、ホラ眼が変になってしまったでしょう、ですから今年は下へおりて勉強いたします。下の四・半に机を出して。うまくあんばいをしてやりましょう。一日十枚はかけるでしょう、小説でないから。そこに望をつないでいるわけです、私は一心に、親切な真面目なものをかくつもりよ。
『私たちの生活』は七月五日ごろに出来上ります、さっぱりした可愛い表紙よ。藤川さん本気でかいてくれたから。つよい動きの感じはかけていますが、この画家の真面目さや清潔さは出ています。
 おや、前のうちで電気チクオンキが買えたらしいわ、なかなかいいレコードがきこえます。ラジオのようではないから。この頃はボーナスシーズンよ。ワグネルのタンホイザーか何かをやっています。ここの家よ、ピアノのおけいこをしているの。こうやってたまにきくのはうれしいけれど、しょっちゅうになっては閉口ね。
 達治さん、では九月まで大丈夫ということにして置こうというお話しでした。何か気になることね。又本当におっしゃったとおりね、なんかというのは困るわねえ。でも八月なんかと云って、もうすこし待ってなんかというのわるいし。それに東京の八月、御本人もそれは戦地へ行ってたのだからと云えばそうでしょうが、お互につらいわ。案内する方も。九月ね。どうも。あっちは九月でもいいのでしょう? こっちへ何のお話もありません。
 私がいくらかやせたと云ってもホーとお笑いになるでしょうけれど、ほんとにいくらかやせたのよ。やっぱりバタなし牛肉なしたべるもの何となくなし(お菓子なんてまるでないから)というのがきくのでしょうか。血圧のことは本当なのよ。あなたはユリの円さにおどかされて御心配なのだけれど、みるひとがみればユリの円さは溢血的丸さからちがっていることを申しますよ。栄さんの方は実際血圧がたかいし、溢血的傾向なのよ。私は父のようよ、或は西村の祖母のようよ。溢血はおこさないで死ぬまで元気で、わりあいあっけなくさよならのくちよ。それは殆ど十人が十人そうだろうと云います。ですから、あなたもどうぞそのおつもりで(※[#疑問符感嘆符、1−8−77])(いくらか、ゆするみたいですみません)
 さて二十六日のお手紙。「深刻」かっこつきのこと。自負なんかしていないわ、まさか。それから歪みのげても
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