にどんな心持になってゆくか、それがおばあちゃんにも心配らしくて、どうかこのまま行ってくれればと、きのうもステーションで云って居ました。大連の満鉄に兄さんがいるとかで、そっちも見て来たことがあるのですって。東京暮しにちっとも困ることはないでしょう、きれいな人よ。どうかうまくゆくよう願う次第です。二十七ぐらいのひとです。三吾さんは三十三になったって。呉々もおばあちゃんよろしくとのことでした。
 十四日のお手紙、十五日につきました。ありがとう。島田の赤ちゃん景気のいい肥りかたで万歳ね。写真まだこちらへは着きません。長谷川という人は、肩書きつきなの? 秘書として? 女流作家の会の集りで、話はきいたのです。いつぞやのと意味も形もちがいます。
 家のこと、一応よさそうでしょう? でも又この一週間の経験で考えているのよ。何しろ年よりの女のひとと娘だから、もの事のいろいろの判断のようなこと、つまりは私が参加するわけですから、すっかり下宿にしてしまえるようにしなければ、やっぱりうるさいだろうと思うの。家庭的になりすぎてはやはり困るでしょうかとも思って、今は考え中です。派出さんなら急にどう変ったっていいけれど、そうして一家を動かしておいて、さて今月からは、では少々こちらも困りますので。
「それに応じて」の物語は、これで一篇の終りとなりましたわけね。実際には滅多にないにしろ、やっぱりいやよ。ですからこうしておいて下すってうれしいわ。そうすれば、ロバはロバなりに嬉々として小さい鈴でもシャンシャンならしながら小走りぐらいは厭わないのよ。駿馬を使うよりロバを使う方が遙にむずかしいのよ。その天下の理を果して何人の良人が心得ているでありましょうか。クサンチッペになることは本来の性に逆らっているから、デスペレートになった揚句というおそろしいわけ合いで、我ながらのぞましくない仕儀です。どうもありがとう。
 てっちゃんは私が留守のとき林町へ電話をかけた由です。きっと会いたかったのでしょう、電話して見ます。
『季節の随筆』、本当にそうね。私が折々感じて書いたりしていること御同感の節もあるでしょう? 亀戸に住んだりしたの「くれない」以前なのよ。そのことについても私たちは何かの感想を抱きます、外部的にそんなことの出来にくいということのほかにも。旦那さんはゴの先生をよんでやっているそうです。「父ちゃんゴに余念ないよ」健造もこういう表現をします。もう六年生よ、来年は中学よ。向いの下宿に父さんが二つ部屋をもっていて、その一つの方をこの頃は健ちゃんの勉強部屋になっていて、父さんは大いに督戦係よ。面白いことね。ター坊は踊を一心にやっているし。
 丁度中学の二三年というときに父母が急死して一家離散して育ったという人が、自分の家や妻や子に対してもつ感情というものをこの頃すこし理解します。おれのうち、おれの何々、大変つよいのね。いろいろ面白いわ。似たもの夫婦ということの微妙さもいろいろと感じます。
 似たもの夫婦という表現は、粗笨《そほん》ですね、よく観察するとそれはもっと複雑で、只同じ種類という形で似ているという単純なものではないことね。一方の或る特色を他の一方もそれと同じにもっているというのではなくて、一方のもちものを気持よく思ったりそれを肯定したり、或る場合にはそれに負かされる要素が他の一方にあって、それが組合わされ、似たもの夫婦というところが出来るのね。だから案外要素として切りはなせば反対なものがあるのかもしれないわ。たとえば、どっちかというと受動的な、或はどうでもいい大まかさで、一方の金づかいの荒さをそれなり肯定しているかもしれなかったりね。しかも、どうでもいい大まかさを持っている方が、生活の意欲の逞しいのは快いとする、その点では一致して、その内容では敗北していたり。なかなかこういう人間関係面白くて複雑ね。こういう小説面白いでしょうね。
 小説の面白さこんなところではないこと? ねえ。私もすこし大人になって小説の真髄にふれかけて来たかしら。事柄が小説でない。それは勿論だわ。テーマだけが小説でもない。そうだと思えるわ。心理というものを所謂心理小説で扱ったのも誤って居ります。ドストイェフスキーの歴史からみた負の面はそこでしょう。
 私のこの間のロバのバタバタも面白いわ、そう思ってみると。あなたの動機は清純なのよ。私の感情の方がケチくさいのよ。単純なめかたのはかりかたではそれきりよ。私自身これ迄そういうはかりしか自分たちの生活にとりつけていなかったようです。そこにはモラルがあって小説はないわ。私はロバになる自分をも心持の生々しい姿として、あなたにつたえ、しかもそこに私のけちくささだけに止っていない歩み出しをつけてゆけて、やっぱりこういう生活方[#「方」に「ママ」の注記]が、高いと思
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