人迄の家には三合ぐらい(月に)食用油を配給するそうですから、いいけれど、どんな油でしょうね。ヒマワリの油を用《つか》うのでしょうか、私はあの不消化工合にはこまった覚えがあるのですが。ヒマワリの種をたべるところの庶民的食用油はヒマワリで、それはこなれにくいわ。油がひどかったりして私はあんな胆嚢炎をやりましたから、油には大いに注意するつもりです。きっと肝臓の病が殖えるでしょう、肉の油が不足でどこでもそれを多く使うというわけになるでしょうから。家庭ではひどいものしかたべられない。そとで、うんと高ければましなものもある、そういう傾向になって来ます。
私の血圧は大丈夫と思うのですけれど。あぶなそう? この頃は又そとめにはお分りにならないでしょうが、すこしほそいのよ、私としては[#「私としては」に傍点]。ですから猶いいと思って居ります。私はどうせ、急にポクリのタイプではあるけれど、中風の型ではありません、体つきからそうの由です、その点は大体御安心。チブスも今のところは大丈夫。虱のいるところは大変伝播して居ります、あれはいつも虱ね、ジョン・リードだってそうよ、虱よ。
これからとりかかる仕事は、うまく行けばいいのですが、かなりむずかしいと思います。いかに生くべきか、というようなことをいろいろの角度から扱ってゆくのはやさしいようでそうでもないことね。いろいろのポイントが煙霞のなかにぼやかされるために。
高見順が文学について書いているのに、先ず文学は非力である、非力であるが、獅子と鼠の物語のように、ライオンのとらえられた網をくいやぶるのはネズミであるというような云いかたをしている。そんな工合ね。イソップの出来た時代はどういう時代であったのでしょう。そのものとしての特性を主張する率直な形をとらないで、一先ず非力と云うのは何という現代のひねこびた曲線でしょう。その位一方で強引なものがあるわけです。
日本の芸術家が、年をとるにつれて納るということについて、たとえば石井柏亭のところへ、若い一人の女の子が絵の勉強の相談にゆきました。面白いところのある絵だということは認めました、でも、その子は自分の生活の界隈としてきたない細町を描いているのよ、電信柱のある。そうすると先生は、電信柱というようなものは土台美的なものではないのだから、と。芸術についてのセンスの一致している点又はなれる点、面白いことねえ。その子の絵に面白いところがあるとすれば、それは即ちそうやってあり来りのきたなさの中に何か生活を見ているからでしょう? そこが別々に見られるのね。美的なものというものがあるという風に見るのね。健全なものがあってそれはどんな不健全なつかいようをしても健全であり得ると誤解している人だらけなのを、改めて考え合わせます。
芸術における世代とは何と厳然たるものでしょう。
そのことは、詩集のありようにも映って居るわけですもの。
全五巻のほかに別冊としてある素足だのボンボンなどの描写、追随を許さないものがあります。別冊がやがて全六巻という工合にあみこまれて、きっと又未定稿がまとめられるでしょうね。ちょいちょいした断章に、忘られないのがあるわ。すぐれた詩人は、二三章の断章の中にも感銘をこめる不思議な魅力をもって居ります。息吹という題で、いく章かの断片がある中に、覚えていらっしゃるかしら、さっぱりとすがすがしい丘に、さわやかに軽く匂い茂っている浅い叢。その丘にふさり、手でその軽い叢を梳《す》きながら、遠い泉のしぶきの音に耳をかたむけている一人の女を描いた、淡彩風の短詩。それから、夏の篇の驟雨《しゅうう》。あれも見事ね。さし交した樹々の枝は愈※[#二の字点、1−2−22]深くかげを絡ませながら、揺れ、そよぎ、根から梢まで震動をつたえつつ、葉と葉とからしたたりおちる雨粒が、下の泉の面にころがり、珠と結び、その珠のつながりは忽ち泉のふきあげるしぶきにまじって、紅の罌粟《けし》の花弁をひたしながら溢れる様子。すがすがしい丘の上に、が淡彩であるなら、これはたっぷりとして油の香りも濃い絵ですね。こういう風景画なら、風景画でもただものではないわけですが。私はあの驟雨を読むと、自然の旺溢の美しさを身にしみます。葉のさわめき、つたわる雨粒の丸い柔い変化の多い音。枝のきしみ合う風に交った音。
でも、夏は又面白い題材も多いものと見えます。
「無邪気なウォタ・シュート」というの覚えていらっしゃるでしょう。あれには、心持のいい插画がついていたわ、かーっと晴れた夏の午後、公園の大池のウォタ・シュートの尖《とが》り屋根。その屋根は赤と白とでお祭の時らしくぬられていて、元気のいい男の子が、いくらか風変りな曲線をつけられたところを、池に向って小さいボートにのって、辷る、辷る、と笑って叫びながら辷って行
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