けさ、やっと到着いたしました。西[#「西」に傍点]とかきかけて半分で消してちゃんと目白となって居りました。
どうもいろいろありがとう。事理としては明白なのですから、天気がわるければ云々と云われると、大変きまりがわるいことね。何かじぶくりでもするようで。でも、このお手紙を頂いて私としてきのうの手紙はやっぱりあれとして書いてよかったように思えます。決して心理主義ではないけれども、このお手紙には私があのとき感じたような感じかたへの想像が具体的にまだ通じていないことがわかりますから。
面倒くさいみたいな印象をおうけになるかもしれないけれど、でも、生きてゆく心持のあの波この波でね。事理は明白であっても、おのずから又そこに伴って感じるものがいろいろにあるところが、つまり小説というものが人生に存在してゆくわけでもあるのでしょう。そして、いろいろの事情のなかで、或る種のことに対して、つよく感じる場合があるのも現実のいきさつでしょう。
私のきのうの手紙をあなたがどう御覧になるかということには深い興味があるわ。
この幾通かの往復は様々に面白いのだと考えます。だって、あなたのこうあって欲しいとお思いになることは、全くそのとおりであってそれは私も同じくそうしたいと思うことなのですもの。そういう順序や筋の理解では同じであって、猶私が書いている、そこのところがいかにも面白い。私はひねくれて感じているとは思いませんが、いかがでしょう。勿論、その感じかたに執していはしないのよ、今。
一寸した告白をすればね、私は、常にこう考えているの。あなたの明白な事理は、少くとも私に対しては無碍《むげ》に通用するべきであり、するのが自然であるという風でなければならないと。そこに事理の自然な展開の場所がなくてはいけないと。これは、あらゆる意味の健全さとしてそうなくてはならない筈のものだと考えて居ります。二つの掌が合わせられて、岩間の清水をくんでのむように、ね。
そのことが、ただ単純化された、いつもその道さえとおれば行くところへ出る小路という風な、心持の表現の習慣の型になってしまったりすれば、やはりそこに、ただ約束が在るだけになってしまうのでしょうね。想像力のとぼしさが生じる場合もあって、私は又そこでも慾張るのね、きっと。私は、単純な心情でない筈のひとが単純になることはくやしいと思うのよ。太き円柱は、その美しい直線のバランスの中に、人間の視線の角度というものをちゃんと計量して、ふくらんだりやや細くなったりしていて、浮彫の様々な頭飾ももって、そして、美しいのですもの。私はそういう柱列をいつも見ているわけでしょう? そういう円柱であればこそ眺めあきるということがないのですもの。
きのうは、あれから大バタバタをやりました。かえったら、第二回目のマントー反応をしらべるために、林町から一家がやって来て太郎はギャアギャア泣いたりして。二百倍ので陰であったら百倍のでしらべて、それで陰であったらいよいよ予防注射をするのですって。大体大丈夫でしょう。いきなり二[#「二」に「ママ」の注記]百倍でやると、もし陽の場合、よくないのだそうです。
先生一族はこの三十日から国へゆきます、母子は二週間ぐらい滞在の予定の由。体の弱い娘、あれこれの娘として、お母さんになっているのを信じないのですって、親類の年よりたちが。だからハイこれが旦那さん、ハイこれが息子、ハイここにもう一人とおぽんぽをたたいて、名刺を貼りつけたお盆をもって歩いて来るのですって。どこでも旦那さんというものは、なかなか[#「なかなか」に傍点]なのよ。アニ、ダイコウノミナランヤ。
私の眼は、この頃大体大丈夫です。疲れるとちらつくのですね、余りくたびれたら又薬を貰ってさしましょう。夜は大変眼がつかれて、いやと思うときは夜仕事いたしません。反射する光は目に堅くて、いよいよ昼間ずきとなるわけです。
今の派出は問題外のようなひとですが、でも今月中はこの人でとおします。きょう畳バンバンは駄目で(人足の都合で)明日になりました。丁度いいわ。これで布団類の手入れもみんなこわすことだけはすんだから。今の派出婦は、せんたくものをちゃんと知っている人さえ少いようです。
中野さんのところでは原さんが又腎盂炎で、卯女が百日咳で、よく眠りもせず看病したそうです。だから、きょうはお見舞に甘いものを届けて貰います。たのんで、てっちゃんに。ところがね、台湾に去年大風がちょくちょく吹いて本年の砂糖は大分減って又砂糖欠乏の由です。サッカリンずくめということになりそうですね、例年の2/3しか収穫なしの由。うちも牛乳は、用心のため一本とって居ります、工合でもわるくしたときソラと云ってないのですから。野菜が主の食事になっても牛乳があるといくらかましですから。でも三
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