したのよ、それは血管のかげですって。別のところに空洞があり、この間のではいくつも出来ていて、つまりもう治癒することは非常に永くかかる状態になっていて、キンもぞろぞろでしたって。一年そういう人といたのよ、お察し下さい、別の桶で茶わんも洗わず。私は病気そのものには何の偏見もないから、ちゃんと別に洗うものは別にとさえ出来ていたらいいのに。そんな先生[#「先生」に傍点]が、一つの村で結核の集団検診をした報告を本にしたりして時流にのっているのは、殆ど非人道的ね。実の妹をそういう扱いでおきながら。
村山の先生もふんがいしていた由。佐藤さんだっておこっています、赤坊をつれて来ていたし、赤坊をだいたし。この前マントー反応をしらべたときは陰性だったが早速又しらべると云っています。責任を知らないほどこわいものはないと思いました。おKちゃんだって可哀想に。その上兄さんのお礼の手紙には、作品で感じると同じ暖い心で対して頂いてとあって、これにも腹を立てました。だって、そうでしょう。ふだん、こんなこと書いているが実際はどうかという風にいろいろ見たりしていたということで。
最もわるいのは、ふさわしからぬ功名心のあることです。
詩集のこと、火曜日に笑ったように。でもユリがだよって、そうかしら、そうお? 私だけ? 私だけならつまらないと思います。あなたの方にダラダララインがないのはあなたにとって何というお仕合わせでしょうね。私の方は閉口ね。ダラダララインに到る迄に小ダララインだの、あわてラインだの、ハット思いラインだのっていうのが散在しているのよ。そして私は自分でそのラインにひっかかって、赤くなったり蒼くなったりよ。
うちでは牛乳を一合だけとることにしておいてようございました。今はもうとれません。そのとっている分も場所が変ると駄目なの。玉子は市場では二人で一ヵ月五つ位。玉子と云えば、私よく思い出します、いつか夜仕事していて、おなかがすいて玉子を茹《ゆ》でたらいそいでいて何か工合がわるくて、カラをむいたらカラにくっついてまるであばたのゆで玉子が出来たでしょう。そしたらあなたは、いかにも妙な顔をして、おなかが空いていたのにあがらなかったわね。あれをよく思い出します。あなたは不自然なような、変なことやものが、ひとりでにおきらいね。感覚的におきらいね。〔中略〕
封緘のことはもう大丈夫よ。あっちこっちから集めることが出来て、この次不足しても相当間に合います。光井・島田からさえ送って下すったから。大尽よ。どうぞ御安心下さい。
きのう『都』にヴァージニア・ウルフが自殺したと出て居りました。[自注5]何だか、分る気がします。彼女の心理主義も、この欧州の混乱に対する気持も。私はウルフが『三ギニー』という本をかいて、今日の歴史の様相と女性の無力さに抗議したというのをよんだとき、ウルフは彼女の心理主義(ジョイスなんかと同じな)からどう脱出するだろうか、それしか彼女の道はないと思っていたの。そしたら死にました。しかも河へ身をなげて。――六十何歳かで。彼女のよく散歩する河辺に愛用のステッキがのこされていたのですって。彼女の愛する沙翁の女で、ピストルを自分のこめかみに当てた女はなかった。河へ身を投げるなんて。何だか実にしめっぽい死にかたで、そんなこと迄或はウルフらしいと云えましょう。「世界よさようなら」という手記を妹に送ってぶらりと出たままの由です。
それでも、やっぱり欧州の婦人作家ですね。五十に近くなるともう隠居婆さん風になって自分の小さいぬくもりの中にかがまっていないで、さようなら、というにしろ世界よと云うのだから。ウルフの『女性と文学』が翻訳で出ていて、そのこと何かお話ししたでしょう? 本当にあれをよむとこの世界の動きかたをウルフはどう見てゆくだろうかと思いましたが。中公の書き直したのでは終りにウルフの婦人作家についての感想をいくらか批評してふれました。年五百|磅《ポンド》の収入と閑暇と静かな部屋とがなければ婦人作家はよい仕事が出来ないというウルフの考えかたも分るけれど、しかし私たちは、自分たちにそんなものはどこにもないという、そのない[#「ない」に傍点]ことをどう見てどう感じてゆくかということから文学をつくって来ているし、これからもつくるのだということをつよく語ったわけでした。そんなこともこのニュースとてらし合わして見るといろいろ思われます。
それから文学者の会で松岡と一緒にぐるりと歩いて来た長谷川進一という人の話をききました。三巨頭についてなど。それからその話について質問する婦人作家たちの所謂政治的関心、国際的話題の出しようなど。大変面白かった。というのは、金子しげりと同じようなことしかきかず、同じようにしかきかないという意味で。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1
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