くそして単純ね。その寂しさをそれなり透明な光で射とおしてしまうのが、寂しくてそして明るいという、そういう美があり得るわけです、こんな風にして、成人してゆくのねえ。今の心持が私には興味があります。
こうも思うのよ、誰が見たって自分で考えたって一応はそれが一番いい方法というその方法になかなか自分を従わせることが出来ないで、そして、こういう風に大きらいな一人暮しをもやっぱり自分のなかにとりこんでしまってゆくところ、そこにつまりは人間の面白いがんこさ即ち小説があるのではないか、と。人生におけるその作家[#「その作家」に傍点]の線のひねりかた面白いわねえ。実におもしろいわねえ。常識の判断でだけスラリヒラリと身をかえせたら、やっぱりそれだけのものだわ。なかなか味がある、という、どうもそういうところ迄わかりそうな気がして、たのしみのようです。動くとしても、もうすこし、この味をかみしめてからよ。六年ほど前上落合に一人いて、あのときも一生懸命暮して、「乳房」のような愛すべき作品をかいて居りましたが、あのときなんか、寂しさをやっぱり見たくないつら[#「つら」に傍点]として日々の中ににらんでいたわね、どうもそう思われます。私たちの生活は、いろいろのものを私たちに味わせていて、これだってその実に正統の愛子なわけだのに、と思って、私の明るさも陽気さの範囲であったかと思ったりいたします。陽気な人っていうのは、私は土台淋しいのきらいさ、と口やかましく賑やかに暮して、それは小説なんか書かない人だわ。こんな話、一寸ちがって風味がなさるでしょう?
あっちのうちで、かんを立てて、我ともなく自己肯定に陥っているよりは、この方が余程人間をましにすると信じます(今のところでは、よ)、細かいことでいろいろの心持を経験して。
きのう、送られて来た同人雑誌を見ていたら、六芸社から出た『文芸評論』の、芸術性の問題にふれているところ、内容とか形式とか二つに分けて芸術的感銘は語れない、その統一がいると云われているところを一つの発展としてとりあげているのをよみました、誰かの文芸評論の中で。
これは私を肯かせるのよ。何故なら、中公の『現代文学論』では六芸社の著者が、そこへともかく線をのばして描き出しているという文学史のステップを一つも見ていませんからね。あれはその点正当に云って落ちている点です、いきなり『芸術論』の著者の見解の未展開であったところだけに視点をあつめてものを云っていますから。何か感情的なところもある。文学史としてちゃんと眺めれば、その一つの前へのばされた線はよしんば短くあろうとも本質においてとばせません。
人間にかえるものがたりについて書いていらしたけれど、そればかりでなく、この点に私としては云いたいところがあって、それで書評はどの中へも入れなかったのよ。書評は好意をもってかいていて、それは勿論いいのですが、いろいろごたついたあと、そんなことへの全く私だけの心くばりがあってつとめてよく見たというところが、あとから見ると、文芸評論書評として不満になったわけです。
さあ、もう髪もすっかりかわきました。今夜は早くねるのよ。この間うち私はくたびれて、かえって眠り不足になっていたから。
中公の書き直した部分の校正が出はじめました。年表はまだ。火曜迄には、『私たちの生活』もすっかりあちらにわたせて、次のにかかれる頃でしょう。ではおやすみなさい。
五月十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
五月十六日 第二十四信
ね、今ね、家じゅう屋鳴り震動という有様です。おかしいでしょう。けさね、派出婦さんが来たの。今掃除しているのですけれどね、この人は働く音響効果を大変愛好するらしいわ。実に笑えます、だって、ハタキにしろ箒にしろ、その道具が立てられる最大の音を出すのだもの。そして今はガラスを拭いているのよ。ガタガタ云うでしょう、たださえ。その最高のガタガタをやるのだもの。それでも、これで家じゅうさっぱりして、お恭ちゃんが使っていた布団類の洗い張りも出来ていいわ。
今月は半月大ばたばたでした。そして、御無沙汰つづきのようになってしまいました。この前書いたのは八日でしたもの。九日に書いて下すったお手紙ついたのは十二日よ。丁度、光多がなくなったという栄さんの電話で、出かけようとして郵便箱のぞいたら(午後三時ごろ)来ていて、それをフロしきにつつんで出かけて、ちょっと隅で封を切って走りよみいたしました、うちへかえるのが待ちきれなかったので。
久しぶり久しぶり、ねお手紙は。おKちゃんのことは全く悄気《しょげ》てしまった、佐藤さんからきいて。去年の初め来る前とった写真にも空洞は出ているのですって、もう。それだのに、あの兄先生ったら、それを私に見せて、肺門のところのかげをさ
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