ギャアギャアわめいてあなたを閉口させたらどんなに面白いだろうと思いました。でもあなたは余りちょくちょく自分で抱いたりなさらない方(ホウとよむのよ)かもしれないわね。どうかしら。私と赤坊とは思うにまかせぬ仲なの。私が丸いでしょう? 赤坊も丸いでしょう? 丸いものと丸いものとは何だか工合がむずかしいのよ。だっこしてやると。
林町の風呂がこわれたというので、昨日は泰子を入浴のため珍しく親子三人で出かけて来て、お湯に入り、夜までいてかえりました。泰子すこしはましになりました。然し、まだ脚がくにゃくにゃ。体がよわくて頭がおくれたというより、頭がよわくて体おくれているのだそうです。本当に一年経ったというよその子を見るとびっくりします。そして咲枝の悲観するのも尤もと思われます。マアこの子はこの子なりでいいのだわ。
きょうは実にふき出して且ついくらかバカらしくなったことがあります。万里閣って本や、ね、あすこの人が来て、婦人のために八巻からなる講座を出すのですって。そして、私に監輯として名をかしてもらい一講座担当して貰いたき由。執筆者の中には昨今高名を轟かして居られるところの情報局鈴木庫吉中佐殿その他があります。その任にあらずと申さざるを得ない次第でしょう。この頃の本屋は、先生と云って呼ぶ対手なら、と常識もそなえていないのねえ。女性のための講座だからとしきりにいうの。全くおもろし[#「くおもろし」に傍点]い。おもしろい以上。そのくせ、このごろの出版やはものを知らないと盛に云っているのです。
そのお客の前には私の国文学の先生、たまにお話しいたしましょう? あの方が源氏物語の研究的な本を脱稿されてその話。
その又前は、市場で一生ケン命封緘を貰うことをたのんでいて、丸善に電話かけてあの本まだ来ていないということをききました。
その又前は銀座にいて、これもたまにお話する古田中という母のたった一人の女の従妹のひとのお見舞の品を、風に吹きまくられつつさがし、何にも当にしていたのがなくて到頭ねまきの下に重ねるゆかた買って、それが案外たかくて、ペチャリの財布になりました。もう三年以上床についていて、糖尿の悪化したところへこの間腎臓を患って、今月中には行くと云って約束してあるのよ。お察し下さい。今月あと何日あるのか。
その又前は、大層ないじわるのところにいてね、そのひとは、ニヤリとしながら、ハガキの味を私がまずいまずいと云うのを可笑しがっていました。
この間本の中へ入れようとして外国からの手紙見つけ、つまりはどこかへ行ってしまっていて分らなかったのですが、日記が(小さいときからの)出て、いろいろおもしろく、やはり又日記がつけたいわ。もう何年も何年もつけません。
たくさん、こまかく生活の話をするようになって、つまりそれが日記みたいになってしまうのでもあるけれど、でもやっぱりおのずとちがうところもあって。日記をかく生活ということについてもいろいろ感想が湧きます。ねえ。
そう云えばね、角の印判屋ね、あすこなくなりました。この間通ってオヤと思い、きょう大きい眼玉で見たら。きっと店が立ちゆかなくなったのね。よく電車で通って、斜《はす》かいにチラリと見るのですが、もうあのお婆さんも住んでいないのかもしれません。二階はあいていて、ちょっとしたものが干したりしてあるわ。
島田では、どの名になさいましたろう。光雄は、ミもツもつまる音でしょう? ミヤがそうですから、音のひろがりがなくて、ミヤモトミツヲは窮屈と思うの。治雄がいいのかもしれません。
お話するの忘れたけれど、台所の大きい膳棚の奥に小部屋がありましたろう? あすこを手入れしたら小じんまりとした四畳半が出来たのですって。赤ちゃんは二階で生んで、すこしたったら若い一組は赤坊つれて、そっちへ居間をうつすのですって。それは大変いいと思います、今に小さいのがふえれば、逆にお母さんがあすこへうるさいときお引こみになれるから。冬はいいでしょうが、夏暑いかしら。うしろが丁度今まで俵つんであったところですから。でも、もうそっちは何にもないのならぬいて風通しをおつけになりでもしたかしら。隆治さんかえって来て二階にいられていいことね。私が行っても助ります。
初端午に何あげましょう。何がいいかしら。あなたは鯉のぼり持っていらしたこと? きっとおさとのお母さんがうぶぎと鯉のぼりはお祝いになるのでしょうから、私たち何にしましょうか。あすこは余り床の間が淋しいから何か端午の幅を私たちからあげましょう。林町で一寸した飾りを送ると云っていたから。
今に女の子が生れたら、可愛い桃の花を描いたかけものをやりましょうね。私は仰々しいのは真平だけれど、そうやって、小さい男の子や女の子の伸びゆく姿への good wishes を大人が示して
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