というものについて、やっぱり私は、目下大体きまった方針を、いいとはどうしても思えません。現実にピラピラがつくのがいやということは、やっぱり私のかん[#「かん」に傍点]のまともさであると信じます、決して決して庶民的[自注4]なんかではないわ。間借人的労苦というものが、それなりには出ないで、自分に向っても庶民的なものに向ってのロマンティシズムみたいなものがついてまわって、私がものわかりのわるい犢《こうし》のように尻をおとしてひっぱられながら抵抗しているのは、実にそこのところです。
 やっぱり林町向きとは反対の方向にあるのも自然らしいと思って居ります。ここの家賃なんか、今のアパート一室代ですものね、六畳三畳で少くとも30[#「30」は縦中横]以上なのよ、今のアパートというものは、大したちがいでしょう? もととは。私はやっぱりもうすこし共同的な方法について考えて見るつもりです。
 ないならないなかから、いろいろましな文化もうけいれ知ることも知って伸び育って行こうとする積極さ、美しさ、虚飾ない熱心さ、それを欲します。
 あの中公からの本の終りにね、こういうことを書きました。私たちは自分たちの獲ていないものについて、どういう見かたをもつかということこそ大切であると。女性が文学の仕事に従うなんて、獲ていないことへの目ざめ以外にモティーブはないのですものね。
 協力出版という本やの内容、大体まとまりそうです、きのうあらまししらべたところでは。月曜日の午後にでも来て貰って相談いたしましょう。三百枚以上(原稿で)わたせましょうから大した貧弱さでもないわね。それから、筑摩書房のにとりかかります。五月一杯に原稿をわたすという予定で六月初旬になるでしょうね。少くともその仕事が終る迄は、このままにして居ります(林町で引越したがって家さがしたりしていますし。もし万一、もっと直《チョク》にくらせる場所へ行けたら、或は私にとっても大仕合わせね)しかし、うっかりは動けないでしょう、とりつけの店がないとあれに困る、これに困る、でね。

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[自注4]庶民的――人民や労働者という正確な言葉をつかうと検閲が思想問題を扱っているとして禁止の可能性があるので、わざと漠然とした用語をえらんだ。
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 四月二十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 四月二十六日  第二十一信
 オハガキアリガトウ。こういう字でお礼をかくような気分ね。何とペラっとしているでしょう、一枚の葉書というものは。何度裏から表へひっくるかえして見ても、やっぱりこれっきりよ、いやねえ。そして、私は恐慌を来します。こうしてハガキが四分の一になると、私の方は妙な逆作用が起って、何だか四倍書かなくては気のすまないような猛然たる心情となります。ハガキではあなたも何となし坐りにくいような御様子に見えます。益※[#二の字点、1−2−22]この家はかわれないわ。四年の間郵便局へはひどいときには一日三四度用事がありますから、そのおかげで、やっと、来月は何枚か封緘をわけてもらいます。実感でわかるように、とおっしゃったこと、大意地わるです。
 いろいろなものがなくなったが、こういうものもなくなるのね。ダラダララインは一撃のもとに破れますね、こういうことに及ぶと。
「北京の子供」は、よんで居りませんけれど、この間包む前パラパラとくって見て、そう思いました。小父さんというような情愛があるでしょう? いかにも小父さんぽい味ですね。
 お恭ちゃんの洋裁は大助りよ。お久さんの娘は千鶴《ちづる》というの。私のすぐ下に千鶴子《ちづこ》というのが生れて、その子は札幌で生れ、へその緒を産婆がランプの芯切りばさみで切って(!)それを知らずにいて、すぐ死んでしまいました。その産婆は営業停止になったそうですが、お久さんの娘が、わざわざ田舎へかえって生んだりしてやはりおへその扱いが完全でなくて大変わるくて、やっとこの頃よくなったそうです。名は同じだし、お久さん元来丈夫でない体だから、私はヤイヤイ云ってお恭ちゃんに番をとって貰って(パンから卵からすべてバンをとるのよ、そしておあいそをよくするのよ)木曜日に女子大の幼児の健康相談へ来させました。いろいろ有益だったそうで、来週又来ます。ここへは、何人かの子供づれの友達たちが皆ゆくので、お久さんは計らず久闊を叙すのよ。面白いでしょう? そして、うちは赤坊だらけになるの。その娘のためにお恭ちゃんは可愛い女の子の服縫いましたし、あの看護婦だったバラさんの男の子のために今水色の布で肩へ一寸かけるケープぬっていて、なかなかいいお祝が出来ます。何しろ今はぞっくり子供で、賑やかねえ。私はきょうあなたが赤坊のこと云って大笑いしていらっしゃるお顔みて、あなたの膝で赤坊が
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