やるというのは非常にすきです。大きくなってからやはりその子はゆたかよ。思い出が。尤も、私はおひな様なんか知らないのだけれど。
 子供と云えば犀星が今月「蝶」という小説をかいて居ります。十七八の娘とその友達の五人の娘たちの中に一人死んだ子があって、それを中心にかいているのですが、ああいう境遇で成りあがって、娘の友達でも八百善(江戸時代から日本屈指の料理屋よ)の娘だけはそう小説の中にかいて、軽井沢へ持って来た米がちがうなんかということかいたり、不自由なく育つ娘を、わきから感歎したり珍しがったりいくらか卑屈になったりして見ている父親の気持、それこそ犀星このんで描く脂のきついものだのに、蝶のような娘たちのスカートというような、どうももってまわったものです。親父えらい目を見て、四十五十になって庭のどうこうという生活に入り娘はその条件の上での交友があって、それを親父がたんのうして眺めている、芸者のおふくろとちがうようで実は似た心理。ひどく感じにうたれました。別の小説が一つかけるのですもの。志賀直哉が前月「早春の旅」という随筆のような小説で、直吉という息子への心持かいているのが、全くちがって。舟橋聖一のヒューマニズムの納骨所としての親子の絆の肯定ぶりだの、なかなかこの芸術にあらわれる親子の面は意味深長ね。
 本当に犀星のこの蝶はそのものとして一つの社会因果を示していて小説になります。娘は無邪気なのよ。至極。
 太郎は学校に行くようになってから、大人らしい[#「大人らしい」に傍点]のが大好きで面白いわ。昨日も親たちこっちへ来るのに、自分は裏の家のひとが子供づれでどこかへゆく(植物園)について行って(同級生がいるものだから)僕フロなんかよりいいや、とそっちへ行ったのですって。
 協力から本出るのかしら。どういう題がいいか、まだはっきりしません。パラリと楽にくんで楽な本にして貰いましょう。
 それからね、この頃おもしろい心持があります、私はきっと Book レビューをあきてしまったのね。それとも、余り「婦人と文学」が資料的なものだったせいか、もう書評だの読書案内風のもの迚も手が出ません。ひとがもう一旦書いたものについて書く、ということはいっぱいなの、もう。即ち小説そのほか生活からじかに書きたいのです。
 そしてね、この欲望はやっぱり林町へは背中を向けさせるのよ。私の仔豚の鼻面が、そっちの匂いは気にくわんとこっちを向くのです。実に強情ねえ。笑い出してしまいます。そして、その強情さは何と自然で可愛くもあるでしょう。皮膚がものをいうのでね。
 まだこの手紙にははっきりかけませんけれど、私にはたたいてもこっち向くその薄桃色の鼻面が改めて自分にいとしく思われるし、やっぱりどっちへどうするかということで先の十年は大した相異をもつことを痛感しはじめています。積極な生きてゆく態度というものの微妙な複雑さを思います。私が正しい人間であり作家であり、しかもそのままいつしか用に立たないものとなることもあり得るのですもの。いつかあなたが、(もう何年か前の夏ごろ)ちゃんとしているということと女史になるということとのちがいを云っていらしたようなものでね。ちゃんとした作家だということは生活の構えによらないのでね、構えを破るよりたかき構えというものがあるわけでしょう。ここに、まだ自分にはっきりつかめてはいないけれど、大変面白そうな何かの示唆(より芸術家に、と。)が感じられて居ります。ここをいまつかまえてはなさずいるわけです。こねくりながら。
 シーツほんとにやぶけね。

 五月六日 (消印)〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 五月四日  第二十二信
 こちらでどうやら封緘を買えたら、やはりそちらにも出来ましたね。
 お恭ちゃんのことについての速達ありがとうございました。おっしゃることもちろんよくわかりますし、そのようにしましょう。
 きょう、私がついて保生園へ行って結果をきいたところ、キンが出ているそうですし、(左の方)前からのもので、キキョーをするのに空気が入るかどうかということでした。去年四月にとったというレントゲンの写真を見せてほしいということでした。
 けさ、お恭ちゃんあてに手紙いただいて、本当にありがたいとよろこんで居ります。工合によってはうちで(目白で)気をつけて癒して行けたらいいと思っていたのですが、村山のお医者の話では、やはりかえった方がよいとのことですし、相当の期間安静にしているのならやはりここでは駄目ですから。皆がよく心つけて心配してくれて、はげましてくれるから、その点では気持も助って居るようです。
 速達でお心づきの点、大丈夫よ。まさか私がそういう風にする女でもないわけでしょう。うちでの仕事は、普通のところから見たら半分にも足りない働きです。それ
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