考えているところです。その方向というのは林町なの。実に曲りにくい。おさえつけて納得させたつもりで、もうそっち向いているものとしておくのに、気がつくとこっち向いて、だってと云って坐っています。奇妙ねえ。実に奇妙ねえ。感情的になるまいとしているけれどももしかしたら、これは単なる感情ではないのではないかしら。ふっとそう思います。私はこれまでも何だかどうしてもそうは出来ないということを野暮に守ってそれに従って、いろいろな生活の刻み目を越して来ています。どうしてもそういう気になれない。これには何か私の天然的なそして、それが自然だというものがこもっているのではないかしら。この自然の抵抗に私として耳を傾けるべきものが、案外にあるのではないでしょうか。
この感じは、あなたにきいてもおわかりになり難いわね。どんなに肉体的な抵抗であるか。それは丁度抵抗しがたくひかれるものに抵抗することが全く出来にくいと同じ程度に困難です。こんなに何だか承知しない生きものが腹の中にいるのに、それを無視するというのが果して自然なのでしょうか。そうしてよいのでしょうか。全感覚が感覚として反対するというこの感じ。可怪《おか》しいわねえ。いろいろと計量して考えているのは、つまりは私の俗的賢明さであるのでしょうか。常識のみとおしにすぎなくて、この抵抗が私のより生粋な作家らしさ、愛《め》づべき魂ではないのかしら。
もうすっかりきまったことに自分でもしていて、気がつくと抵抗が生じています。本当に何かこのことのなかには無視してはいけないものが在るのではないでしょうか。
六日に五日づけのお手紙。ありがとう。
隆ちゃんやっぱり代筆? 変ね。私のところへも代[#「代」に傍点]筆で来ましたので、早速手紙出しました。手紙はその人の字を見るからこそ心が安まるのだから、ハガキなり自分でかいてよこしなさい、と。あなたの方へそういうのをあげたら心配なさるでしょう、と云ってやったら、やっぱり来ていたの? 病気でしょうか。私はこんなに思ったの。姉上様なんてかいてるのを見て、オイ姉上か俺にかかせろよ、なんていうのかと思ったのに。すこし心配ね。両方では。
それから、ダラダララインのこと。いくら私が傑作と称讚しても余り私を築城術の大家になさらないでね。マジノだってそう丈夫じゃなかったのよ、と云った本人は、だからダラダララインだって破れるのよというつもりだったのに、逆により堅きものときこえたというのは、何たることでしょうねえ、雄々しい良人をそんなにもおどかしたラインがあるとは! 世の中のことは分らないもの也! 性根を据えてよくよく体得のこと、については真面目にそう考えます。いろいろのこと考えます。この一年半ほどの仕事ぶりは、いろいろ欠点もあったけれども、それでもいくらか私がそうしたいと思っていた面で達成したこともあって、こまかいもの書いて永いものあとになってしまったようなところもあるけれど、その欠点ばかりでもないようです。
三日に書いた手紙のはじめのところでごとごと云っているような工合で、何とかなるまいかとまだ思案中よ。こんなに一般が暮していて勿論その外にあるというような暮しではないけれど、それでも何とも云えないからみついた空気があすこにあって、それを思うといやになるのよ。どんなものにかなってしまいそうで、そうならないために、こうしていて使う神経と又ちがったつかいかたして、その点ではあなたも何かユリが生[#「生」に傍点]ぬるいところにいる不安をおもちになるのだし。そういう過敏にされた良心の監視を自分が自分に絶えずもつようなのって、さっぱりしなくて、皮膚がつよくないようで、どうも気にそみませんね。同感でしょう? 日々の空気の当り工合で人はいろいろになるようなところもあってね。小説をかいてゆく空気ってものもあるしね、と仰云ったことは全く当っているのよ。そういうこと考えないのなら恐らく私もこんなにとつおいつは致しますまい。こまこました接触が全然変ってしまう、そのことがいやで不安なのよ、ね。何だかじぶくるようで御免なさい。でもやっぱり云わずにいられないの。
中公の本、すっかり出来ているのを切ったり書き直したり貼りつけたり、経師屋稼業です。一番面倒くさいところを今日大体終り。『都』がきいたら、内容によってかまわないと云ったのですって。何が何だか分らない有様です。そうかと思うと、三木清、直、島木健作、青野、稲ちゃん、それぞれがと云われたり。同じところでも他の一部からは大いに不評だそうだとか。皆が自分の気持でうけとるから。
きょう、雨が降るね、と笑っていらしたこと、私もそう思ってすこし意外でした。でも、そうなのがあたり前なわけなのだし、そうでないのが妙なようなものです。でも、私の細君ぶりが大いに感動されてい
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