心理的に前のときとは大ちがいです。先のときは同じ状態でつづいている人達の方へとかく目をひかれがちな心理もありましたが、今はもっと自主的よ。自分としてしてゆく勉強も仕事の蓄積もわかっていると感じられます。一つには、不安でより合っても、何一つ互に力がないということがはっきりわかっていることもあり、めいめい自分で方策をたててゆくしかないということもわかっている故でもありますが。その点でもそれだけ移って来ているわけです。いろいろな推移の中にめいめいのうけようというものが又あるのね。そのこともつよくわかります。その性格的なものの中におのずと救いも亦あるのね。悲観といううけかたをしていないこと、おわかりになるでしょう? 私が粘って考えているのは、この前手紙で云っていたでしょう? 一番自分が傷をうけるにいいおしり[#「おしり」に傍点]を見つけるという点です。いずれどこかが無理なのは知れている以上、重点を明らかにして、そのためにはおしり[#「おしり」に傍点]に少しのやけどはしかたもないと思うわけです。益※[#二の字点、1−2−22]芸術家にとって貴重なものとなって来ている時間を一番重点的に充実させてゆくための方法を考えるわけです。
四月三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
四月二日 第十八信
三十一日のお手紙けさ。どうもありがとう。いろいろと。
ダラダラ・ラインというのは真に傑作で、ふき出しました。どんな用事もくいとめるのかもしれないとは、正に驚くべきものねえ。そんな堡塁があるとは知らなかったから、これからは大にそれによって、あらゆる用事をくいとめましょうか(!)でも、あなたも、こういう秀逸をおかきになるから大変大変うれしいわ。ユリのダラダラ・ラインも、あなたのユーモラスな表現を導き出すとは洒落《しゃれ》たものだと思います。
本のこと、おっしゃるとおりの注意いたしましょう。
それから家のこと。それも大体きょうでわかったわね。でも私にはまだ心持の抵抗があります。しかし、大局の見とおしから冷静に計量して、あなたのおっしゃる意味で気安くも考えて、きょう云っていたようにはこびましょう。あとへは佐藤さんたちが入るようにたのんで。おばあさんと赤坊とで今は二間でギューギュー故。そうすれば、私は時々来ることも出来るし、いろいろと棲みよいために手入れをしていたことも生きますから。但、まだ交渉はしないからどういうことになるかは分りませんが。
ほんとに書生並に暮していい私の気持と、いろんな条件がめんどうくさくくっついている現実とのバランスがむずかしくて、やっぱり具体的な可能はそう幾とおりもないのですね。私のいないとき来て、お恭ちゃんにさえあんなことを云うのですもの、名刺があるだろう見せてくれないかという調子ですからね。常識で判断は出来ないわ。家のこと、きまったことにしましょうね。
私としては、あなたがいろいろと雰囲気的な点を気におかけになって、いつかのように、お嬢さん的逆転というようなこと余り敏感に考えなければならないようではよくないと考えていました。その点にはっきりわかった上でなら気も休まります。でもいろいろの事情って面白いものね。現今の一般的な条件のよくなさが、却って或る意味ではあすこに住める、住んでもまあという条件となって来ているのは実に面白いと思います。だってどこだってお米はないのですもの。菓子はないのですもの。もみくしゃで歩くのですもの。
私は上にわれらの家を形成します。そこの掃除その他は、すっかり自分でやることにします。このベッドをおき、この机をおき、下の台をおき、例の茶ダンスを置き。柱にはこのボンボン時計をかけましょう。そして、自分の時間割にしたがってやりましょう。こまごましたものに時間をとられない代り一年の大体半分はまとまったものにかけながら、自分の仕事をためてゆきましょう。小説をかきましょう。それから一つの系統だった文芸評論も。(これは、あの婦人作家たちの勉強や十四年間からの収穫ですが、明治以来の作品について創作の方法の推移を辿って見たら、大変興味があろうと思います。開化期の渾沌にある二筋の傾向、福沢なんかの流れと、「安愚楽鍋」(魯文式のと)からずっと。これは大した仕事だけれど、やっぱりなかなか面白そうです。そして、かけ出しに出来る仕事でもないでしょう? いろいろ面白いわきっと、一時期ずつに区切ってしらべて行ったら。外国文学の方法の風土化の面もよく見て行ったら、ね。これは極めて巨大なプランですからぽちりぽちりとやって見ましょう。日本には評論の史的研究は久松潜一氏のものなどなくはないし土方定一がいつか一寸したもの出していたりしましたが、作品についての、そういう具体的な、作家の矛盾にまでふれての方法の研究はまだありま
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