いようにすること、まとまった勉強が出来るようにすること、そして小さな貯水池が乾上らないようにすること。です。家の半分は実現しにくいのね。きっとうまくゆかないでしょう、笑い草ですが、折角考えついたおじいさんおばあさんにしろ、その息子さんのこと思えば、何だかすこしつっかえるでしょう? 大体余り無理はしないことですね。全体無理だらけなんだから、そこへの無理は二倍になってかかるから。まアこんな風にああ考え、こう考え、秋のヴォルガの川船みたいに、うねくね航行して、林町の二階へ辿りつくのでしょう。私は変にカチカチにがんばって、顔が赤茶色に光るような女になりたくないのよ。そうなっていしまえば私たちの生涯の善意が全部裏でばかり現れたことになって、そんなくちおしいことは自分に許せません。あなただってそうお思いになるわねえ。眼の吊ったユリなんて、余りぞっとなさらないでしょう。
それにしても、いつも精一杯に暮すということは何といいでしょう。沁々そう思います。精一杯に暮すために、ついいろいろのこともあるが、勉学のやりかたにしろ、やはり段々つかむところがあって。
この前職業につけたひとも今はむずかしいでしょう。映画でもなかなか返事して来ない由。ねえ。
四月一日から、バス、市電、ラッシュの時間に急行になります、お米も切符になります。一人一日私たちの職業で二合五勺です。子供は年で区切られていますが、なかなかたべるから(大人よりも)大変でしょう。ジャガイモ、甘藷、パンなかなかないので閉口。うちは一人二合五勺だとどうやらやって行けましょう、一度すっかりはかって見てたかなくては。お客をするということもなかなか出来ません。昔のようにみんな持ちよりしてくれなくては。何でも現金が主になって来ていて、勤人は誰も苦しいでしょう。炭の配給、そら金。米、そら金。八百屋、ソラですから。一般的に貧乏しているのだが、現金のないところの窮迫はさぞひどいでしょう。どこのうちも百円でやっていたところが倍ですね。あっちこっちきいてみると大体そうね。卯女のところもそうよ。行一郎のところもそうよ。大したものでしょう?
私はあなたの冬のための襦袢だとか、衣類だとか、少し心がけてあったからその点全くほくほくです。それだけは心安らかというのはありがたいわ。これからのプーパタに加ったらそれこそですから。
いろんな世帯じみた話。でもこの頃はいろんなインチキ会社が出来てね、とんだ会社員でくみ立てられた会社が、一流会社のようにひとをだましているらしいようです。空巣も大ばやりです、花見にかけてだから。そしてこれは実に面白い、質札買います、という広告が新聞に出ます。もとはなかった広告でしょう? そんな会社にしろ、世間の必然でだぶついて来ているものを吸収して、どしどし破産させてゆく力は旺盛です。そう云えば文芸春秋でよこした国債が大当りでもすればいいのにね。
太郎、あのお手紙に返事かいたかしら。きょうはおなかをこわして臥ているそうです。あのお手紙に、熱のない風邪のことかかれていて、本当に、と思いました。さっきの肝臓病のこと、肝のあるおかげで肝をつぶすというようなこともあるけれど、こればかりはとれなくてね、盲腸のようには。今夜は大層早寝いたします、何だかくたびれがあるの、くたびれが出ていると分るときは、すこし正気に立ち戻ったわけなのでしょう。土曜日ほんとに御免なさい、考えれば考えるほど、すまなかったと思います。
三月三十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
三月三十日 第十七信
覚えていらっしゃるかどうか、目白の方から上り屋敷の駅へぬける通りに大野屋という米屋があって、そこはこの辺の大地主の一家のやっている米やで、大変いばった米やなの。そこが配給所になったらいやだナと思っていたら、きのうかえりに通ったら大きい白い紙に謹告として、発展的閉店の余儀なきに至りとありました。うちの配給米屋は目白の消防署の裏です。一週間ごとに配給して来るそうです。一日二人で五合の割で、滞在客は十五日以上、もらえる由。冠婚葬祭には特配なしのよし。三度外食のひとも働きによって食糧がちがって切符制です。甲乙丙とあります。その点どこも同じになりましたね。何号の御飯という点で。
この大野や米やは大した金持故、きっと儲けがなくて人をつかうような方法をとるより一組合員となる方を選び、組合員と云っても、達ちゃんの自動車の組で、いろいろの事情が内にあるわけでしょう。でも、やはり一つの風景ではあります。
お手紙の店の消長のこと、私にはよく判っているつもりよ。本当によくわかっているつもりです。私が頭でだけわかって胸はバタバタしているというのでなくわかっていることは、いろいろの調子で十分おわかりでしょうと思って居ります。ですから、
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