いわけで、一人の芸術家と歴史の組合わせの苛烈さ。その芸術家がその状態を客観的によく知って感じて、素質を守って闘って生涯を終ることが出来れば、それは一つの凱旋でありましょう。どんな平和時に生れ合わせたにしろ、彼が書記ではなくて芸術家ならもう自身としての波瀾は予約ずみなのですものね。まして、いわんや。歴史の波そのもののうねりが表現具現されるような場合。
こんどはわたしも非常によくプラン立ててね、勉強し仕事もためて行きます。この前は、余り最善でもない心理状態でしたがともかくキューキューやって頂いて、いくらか(しかし、正直に云えば相当)進歩しました。今は自分で勉強法も少しわかったところもあり、よくこまかく働いたという自覚もあり、そういうこまかい働きかたで生じている不十分な面をどう補ってゆくべきかということも略見とおせます。あなたが、本格の成長と云っていらっしゃること、ただわたしへの励しと伺うばかりでもありません。
「広場」いろいろ思います。あれはあのテーマの必然として、外にありようはないのです。しかし、もしひょっとして、あの小説の主人公としての何か空想的な心持で、ミス・リードを気取ったら、どうだったでしょうか。本当に面白いわね、幾巻もの詩集なんかどこにもないのよ。ああいう詩集を愛読してからの心で考えると、何か一寸した角の曲りかたで、こんな詩もないわけだと思うと、不思議ですね。作者のイマジネーションは自由だと云っても、あの背景の中へ重吉を案内して、公園の楡《にれ》の木の五月の葉かげで、朝子に震撼的感銘をもたらすだろうという細部までを保証することは出来ませんもの。それは全く出来ないわ。重吉という人物には他のひとが配合されなければならないでしょう。それが自然ね、すると、作者はやきもちをやかざるを得ないのね。やきもちというようなややユーモラスな云いかたを借りるのですが、そんなものではなく、ああ実に残念と唸る、そういう風でしょうねえ。あのテーマは現実にぬきさしなく展開されています、そして長篇的構成をもってつづいて居ります、ね。
鵜呑みのハラハラは、すみません。あぶなっかしいものを見ている気持よくわかります。時々よろよろと千鳥足になったりして行く形を眺める心持思うと、笑えるところもあります。だってさ、相当がっちりかまえて心得顔に歩いて行っていると思うと、急に二三歩ひょろついてそれなり倒れもせず又とり直して行きつづけるの、うしろから見ていたら、あらと思うのはあたり前ですものね。まアどうせ車道を横切るときは、くっついて、守られている気持で歩くのだけれど、ピョコリと膝をがくつかせれば、あなたにしろ、どうしたいとおっしゃるわね、つい。御免なさい。ときどきハラハラさせて。
『女性の言葉』の終り。そうだと思います。一昨日でしたか一寸よって、大笑いしてしまった、昭和の大通人になるのですって。お花を活けて、ゴを打って。大石クラノスケをやる気なのよ、大笑いねえ。あのひと、野上彌生子の大石をかいた小説よんだかしら。個人の内面の弱さをむき出したという範囲で、あの時代の社会の波としてつかんではいませんが、それにしてもその人のなかに素質としてないものではない、うそとまことの綯《な》い合わせ式のところをその小説はかいているのです。そんなところもあるようで。
困難な山阪をついらくしないで小さな車を押しあげようというとき、その輪は極めて丈夫な車軸をもっていなければならないと同時に、自在な角度に動く巧緻な設計を具えていなければなりません。けれども、車をああうごかし、こう動し安定を保とうとしているうちに車軸は変な磨滅をして、こんど真直車を押してゆくというときすらりと進まず、必要もないのに、あっちへくねりこっちへくねりもしなければならないこともあり。もののすりへることについて、どの面がどうすりへらされるかということについて、少くとも自分だけははっきりして科学的観測の能力をもっていなければならないのねえ。この頃は深くそのことを感じます。自分の物理学を知っていなければいけないと、ね。それぞれに違った条件の中でそれぞれちがったへりかたが生じ、そういうことが全然ないというようなことは現実にあり得ないのですもの。
パウル・ヴォルフの写真帳が偶然目に入り、うれしくておめにかけます。私が余り砂っぽい風を顔に吹きつけられているせいか、ヴォルフの芸術のたっぷりさは実に快く、きっとあなたもいいお気持でしょうと思って。あのお送りかえしになった作品集の中に二枚ヴォルフのがありましたね、海浜の子供のと、花の蕊の美しいのと。ヴォルフがこの作品集の中のでも、機械と人間のくみ合わせを扱っているところで先の写真帳の中のアメリカの作品のように、単なメカニズムの興味で、反射映像を弄《もてあそ》んだりちっともしてい
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