の間うち生れた男の子たち佐藤さんのは稲ちゃんが行一郎とつけたの、小説っぽいでしょう、もう一人は伸一郎(これはあのメチニコフくれた夫妻)何太郎もわるくないかもしれないことね。でも何だか男の子の名は変に見当がつかない。重吉でもないでしょうしね。吉はお父さんのお名前にもあったから、何吉郎がいいかもしれませんね。それがいいかもしれないわ、孫だから。女の子なんか余りその名からキリョウを考えるようなのはどっちみちよくないから。男の子もサラリとしたのが結構ね。間へ治を入れて郎をつけるという法も在るわけですが。宮本何吉郎と何治郎というのと比べると、宮本何治郎の方が温和ね。何吉郎には圭角があって。又いまにいくつもの名を見つけ出さなければなりませんからそのついでにいろいろ考えましょう。
 小説の名を見つけるとき、いろいろ名簿みたりして何百という名の中で、ピッタリと感じをとらえるのは実にすくないものです。バルザックだったか誰だか人の名を見つけるのに街を歩きまわったということもよくわかるわね。
 大晦日までに部屋の道具おきかえてなんて云って居りましたろう? ところが三十一日だって午後まで仕事していてそれどころでなくやっぱりあのスケッチどおりの室の様子で万両の枝をいけて、おそなえの日にやけた小僧のような色したのをかざっただけです。ボチボチかえるということになりました。
 そちらのよせ植えどんなかしら。今年も梅、南天、松、福寿草かしら。昨夕散歩に目白の通へ出たら、ボケの真紅の奇麗な鉢がありました。
 きょうは午後からその三人のひとたちとトランプでもして、休みのおしまいを遊びましょう。トランプもうちではお正月に出るだけね。
 昔札幌のバチェラー(アイヌ研究家イギリス人)のうちにいたとき、夜お婆さんがトランプの御対手をたのむのには閉口した覚えがあります。私は大体ああいう遊びごと大して好きでありません、何だかあきるわ。
 多賀ちゃん今年は一年ぶりで国のお正月で、きっとこっちでこしらえた着物着ておしゃれしているでしょうね。それを小母さんがうれしそうに見ていらっしゃるでしょうね。マアあちらもおだやかな新年でしょう。では明日ね。

 一月八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 一月八日  第二信
 やっぱり雪になりました、雪明りの部屋で書きます。ゆうべ夜なかに何だかひどい音がして目がさめ、寿江
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