見しました。
 良ちゃんお母さん、弟が新宿の方の家を解散して、林町のすぐわきに六月ごろから住んでいるということ、初耳でしょう?
 二十九日にね、林町へまわって四時ごろ団子坂の方へと来たら、黒毛糸のジャケツの若いひとが、私にしきりに笑顔しながら近づいて来るの。この辺に、こんな笑顔してくれる人いない筈と思って見たら本郷の独文へ通っている弟さん。智慧ちゃんのなくなったとき咽《むせ》び泣いていた弟さん。「すぐそこにいます」というの。「いつから?」「夏から」本当にびっくりしました。ホラ団子坂の方へ行くと、右手に小さい印刷所があって、そこを右に曲ると、カギの手にバスの停留所のところへ出る道がありましたでしょう、あすこの左側の二階家です。「じゃお母さんにお挨拶して行きましょう」というわけでね、そしたらお母さん大よろこびでした。原さんに教えて私につたえて、と云ったのですって。眠らない赤ちゃんでとりまぎれたのでしょう。「元の家は銀行にわたしまして」とのこと。あすこには娘さんの一人の稼いだ一家と同じ家で、その方からのことでしょう。
 こちらはお母さんと二人きり。動坂に娘さんが家をもっていて、そちらへ行った
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