いう場合があると思うのです。ですからその意味では、舌足らずが混迷に導かれないことの戒心が実に実に必要なのね。自己暗示にだって人間はかかるのですものね。それが現代の試練だというのは真理にふれたことばです。〔略〕
でもこの間もつくづく思ったのですけれど、あのいい本、よみかえすのが苦痛であると云うにしろ、あれだけ明瞭であり得たということは、何と沁々と今日よりも二十五六年前の歴史の相貌を顧みさせるでしょう。現代の水の浅さはどうでしょう!
きょうはもう二十六日に出した速達見ていらっしゃるでしょうね。これは新年になってつくのでしょうか。そしたらおめでとうのわけだけれども。でもこれは今年の最終で、元日のは元日、それはおめでとうで初めましょう。もう三十日でもこの辺はひっそり閑としているわ。旅行にでも出るのでしょうか。階下でしきりに寿江の洟《はな》をすする音がいたします、家庭的(!)でしょう。では今年のおしまい、ね。
○おかしいおそなえ餅が組合から来ました。もち米七分づきのせいか薄黒くてね、日にやけた小坊主のようよ。
[#ここから2字下げ]
[自注14]方向正反対でね――一九二七―三〇年のモスク
前へ
次へ
全590ページ中588ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング