でちがった質のことはひと言も云わせないところあり、そこが小面にくいということになってあらわされたりもするのよ。読者にかけている期待、読者に負うている責任、その実感とその努力とは、個人的なものを間に挾んで仕事をする人間には到底理解されないことです。読者というものは、つまり歴史の積極なものという意味でしかないのですものね。それに対して自分は何を寄与しているかという確信、それ以外に仕事をさせる力はないのですもの、それ以外に仕事をさせられないことを堪える条件はないのですもの。
十三日の手紙。
カレンダーと云えばね、今あるような柱暦、今年はないかもしれないのですって、実に不便ね。私は月めくりを茶の間の柱の時計の下にかけておいてね、用のある日のまわりに鉛筆でわ[#「わ」に傍点]をつけて居ります。だから坐ってみると一目でわかっていいのに。日めくりなんかだと本当に困るわ。
月曜の午後来てもいいと。あら。あら。では安静は? ずるやね。私はかぎつけていたのよ。きょうからどうせ開始の予定ですから読み了り参ります、丁度用もあるし、お金をもってゆく(そちらへ、よ)シーツもどうやら出来ましたし。
そうね、
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