ろいろな暮しかたというものが、つまりはそのひとのいろいろの核心的なものの位置を何と雄弁に語っているかということについて改めて考え直します。
その意味で、いつかのお話の中で一寸出た、(『文学論』にふれてでしたが)「人への評価でもユリは」云々の話ね、やっぱり忘れず心にのこっていて時々反芻しています。ちゃんとした評価、それに準じた交友。そういうことは或る時期心の中で人々の居場処に変化を生じるのです、近いところにいたと思えた人を遠くに見なければならないという風な。そして、そのことはここに云われているひろい輪とその中の独自な輪との関係をはっきりさせていないと、何となし心を傷ましめる感じにうけとられてセンチメンタルになる傾があるのね、そして、自分の評価に自分の方でついてゆかず、ごまかして、人情主義になるのね。その点では大人になってつき合いの雑多な等差に処してゆくべきです。生活の面の多様さにつれて次第に其は分って来てはいても。一番いけないのは近い筈なのに遠いことを発見してゆく心持ね、いやね。そのくせ、それでいて、遠いきりかと云えば、ことによってはやはりそれなり近いのだから。
この感情わかって下さ
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