ないのですものね。ああいう風に少しどうかという健康状態のとき、あとの一年というときの生活法で、どっちにもなるものであることがよくわかりました。この部では質問が多いそうです。どことなく自分に懸念のあるひとが、いろいろ素人らしいききかたできくのですって。たとえば、「どの位のを結核というのですか」とか(町のお医者は「肺尖ですよ」といいますでしょう、だからね)「どの位なおったら働いていいのでしょうか」とか、それは答えるのにむずかしいのですって。個々の極めて詳細の状況を知らなくてはならないから。
血液検査をしたり、血液の型を調べたりしていました。私は自分の型を知らなかったので見て貰いましたらAでした。そのA、B、Oのわけかたに、性格の説明がついていたりしてね。これは一見科学的な非科学性です。座興ならいいでしょうが。人間の性格は決して血の型だけでつくされてはいないから。性格学の非科学性と同じね、形式分類科学ね。あなたは何型でしょう、御存じ? 同じ型? 私の血をあげることが出来るのでしょうか。寿江もA、国男はOですって。父はBであったそうです。OはAにもBにもつかえるのね。
私がかえってから多賀
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