むすぶ必然がわかり、二重にためになるのです、いいかナと思ったのに、突込まなかったということが別に一つあるのですから。御気分のいいときあちらもどうぞね。
国民文学ということがいわれ、何故民族文学が云われないか、いろいろの声がいろいろ云いつつ何故それは云わないか、今日の国民文学というものの歴史性の複雑さ。
本当に勉強、勉強。先ず私はこれから来年にかけて、その長い小説をみっしりとかいて、自分のまわりにある見えない魔法の輪を体の力でやぶらねばなりません。私の所謂生活者的私のところまで。ね。思いつめたる我に鬱屈するというところから、私は私として成長しぬけなければなりませんから。
今夜は久しぶりで多賀ちゃんと二人きり。林町へきのう行ったら、三田の倉知の伯父の家を林町の父が設計して建てた、そこが今空いているので何とかして買って移りたいと熱中して居りました。
風邪お大切にね。私の方は大丈夫のようです。では火曜日に。
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[自注8]『白堊紀』――顕治が松山高等学校のころ参加していたプロレタリア文学傾向の同人雑誌。
[自注9]「三等室より」――その雑誌にのっている顕治の小説。
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